尻ごみせず管理職に キャリアへの一歩、企業も支援

「目の前の仕事を必死でこなしてきた」。IHI子会社、IHI機械システムの執行役員を務める市川文子さん(57)は振り返る。グループ初の女性役員。1978年の入社当時は、結婚するまで働ければいいと「何も考えずに就職した」と話す。
女性は寿退社が当然の時代。ところが配属された経理部の上司は「仕事に男も女もない」と市川さんを徹底的に鍛えた。
借入金の金利引き下げを命じられ、渋る銀行員と折衝を重ねて目標を達成した。これを機に財務の仕事に目覚めた。夫の急死や子育てとの両立など厳しい局面も「やりがいのある仕事があったから乗り越えられた」。IHIでは課長職に占める女性の割合は現在2.4%で「男女問わず能力ある人材を登用する」(人事部)と女性管理職を増やす方針だ。
入社2~3年目で出会った上司らに影響を受けた市川さん。一方で会社の研修によってキャリアを考え直す人もいる。

2012年末、リクルートホールディングスはグループの正社員約6000人に昇進に関する調査を実施した。「将来高い役職を担いたい」と答えた男性は73%いたが、女性は39%どまり。「やっぱり。私も昇進したくなかった」とうなずいたのは4月、グループ会社のリクルートジョブズ(東京・中央)執行役員となった小安美和さん(42)だ。
夫と2人暮らし。家庭を優先するため「管理職は目指さない」と上司に話した時期もあった。5年前に初めて管理職となり上海へ赴任。1年半で帰国したが、出産したいという思いから上を目指すか悩んだ。
迷いが消えたのは昨秋受けた女性リーダー研修でのこと。会社の今後30年を考えるという課題を出されて、「この組織で頑張っていこう」と気持ちが固まった。
リクルートはグループで女性執行役員が経営幹部候補を指導したり、働く母親予備軍の28歳が参加したりする、多様な研修を用意する。昇進するか否か揺れている女性社員の意識を高め、背中を押すためだ。
一握りのスーパーウーマンを登用するだけでは裾野は広がらない。とはいえ「部下を指導する自信がない」(大手機械メーカー、42)と昇進に消極的な女性は多い。明治安田生活福祉研究所が女性正社員444人に聞いた調査(11年)でも、57%が「昇進は希望しない」と答えた。
多様な人材の活用を支援するNPO法人、GEWEL(ジュエル)理事のアキレス美知子さんは、女性は仕事観の違いで4タイプに分けられるという。

その中で有能だが自分で限界を決めてしまう「安定維持」タイプや、自分の能力がわかっていない「空まわり」タイプの"中間層"に注目する。「才能が埋もれている」からだ。
埋もれている才能をどう発掘するのか。
20年度までに女性管理職を現在の2.5倍の1000人に増やす目標を掲げた日立製作所。2月から出産前後の女性社員を集めたセミナーを開催している。ユニークなのは直属の上司に出席を義務付けたことだ。
2人で復職後のキャリアプランを本音で話し合う時間もある。「どのタイミングで復帰するか」「どんなキャリアプランを考えているか」。シートに沿ってやりとりしていく。上司が女性社員に配慮して業務を軽減したつもりが、意欲の低下といった逆効果を招く恐れもある。事情をくんだ勤務環境を整えるのが狙いだ。

あいおいニッセイ同和損害保険は昇格対象者に女性を入れるよう上司に働きかけ、その女性に経験を積ませるため、営業の仕事などを任せる。
一般職の女性が裏方にまわりがちな保険金支払部門では、管理職候補の女性とその上司を対象にセミナーを実施。部下の長所を10カ所見つけてほめるほか、部下が考えた行動計画に上司が助言・激励する。管理職候補者のやる気に火を付けると同時に、上司の意識も変えようとする。

「仕事と私生活のバランスを取れない職場環境が女性登用の壁にもなる」と話すのはIT(情報技術)サービス大手、SCSK人材開発部長の河辺恵理さん(50)だ。同社は長時間労働が当たり前のシステム開発の現場で残業削減に力を入れ、会社全体で残業時間を08年度の35時間から12年度26時間まで減らした。
同志社大学の川口章教授は「女性はキャリアが途切れがち。終身雇用慣行が根強く残る企業ほど、活躍が困難になる」という。昇進への「ためらい」を払拭し能力を引き出す職場を整備することが、企業の競争力を高めることにもなる。
(天野由輝子、相模真記)
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