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ボクシング、名プロモーターが描くアジア戦略

ボブ・アラム氏に聞く

ボクシング界でボブ・アラム氏の名を知らない者はいない。元世界ヘビー級王者のモハメド・アリを皮切りに半世紀にわたってスター選手の試合を手掛け、一晩で数十億円の大金を動かしてきた世界一のプロモーターだ。その名うての業界人がロンドン五輪ミドル級金メダリストの村田諒太(27)と契約を結んだ。背景には、村田への高い評価とともに周到に準備されたアジア戦略がある。

デビュー戦で勝利した村田を祝福するアラム氏(25日、東京・有明コロシアム)

マカオ初のボクシング興行

アラム氏は今年4月、中国マカオで初めてボクシング興行を開催。1万5000人の収容のアリーナをほぼ満員にする成功を収めた。

「今年初め、カジノホテル『ベネチアン・マカオ』を運営するラスベガス・サンズ(サンズ)の役員からボクシング興行をやりたいと相談を受けた。ホテルに併設するアリーナは北京五輪前にバスケットボールの国際親善試合を観戦していたので分かっていた。あとは客が呼べる選手がいるかどうかだった」

「ほぼ同じ頃、中国のエージェントから鄒市明(ゾウ・シミン)のプロ転向を仕掛けたいと打診があった。北京とロンドンの両五輪で金メダルを獲得した選手だが、軽量級(ライトフライ級)で果たして人気が出るか疑問だった。だが、旧知のサンズの社長に電話をしたところ、『すぐ契約すべきだ』と背中を押された」

週末の収益、ほぼ倍増

村田のデビュー戦観戦に訪れた

アラム氏は鄒市明のプロデビュー戦をメーンイベントに世界タイトル戦2試合などを組んだ。試合は米大手有料ケーブルテレビ局「HBO」でも放送された。

「310万ドルの興行収入があった(興行を誘致したサンズからアラム氏が代表を務めるトップランク社に支払われた金額。サンズはチケットを販売し、スポンサーを集めて回収する)。当社は出場選手へのファイトマネーを支払い、スタッフの旅費、照明やリングなどの機材運搬費を負担しても完全な黒字を確保できた。この他に中国を除く米国やメキシコ、日本など海外への放映権料も加わった」

「ホテルがボクシング興行を誘致するのは、それだけカジノの集客に寄与するからだ。ベネチアン・マカオは普段の週末のカジノで6200万~6500万ドルの収益があるが、この週末の収益は1億1700万ドルとほぼ倍増した。サンズからは『できるだけ早く2度目の開催をしたい』とお願いされた」

アラム氏は7月27日に2度目の興行を開催。収入は350万ドルに増え、週末のカジノの収益も1億4800万ドルと膨らんだという。そして次は11月24日。元6階級王者のマニー・パッキャオ(フィリピン)の再起戦をメーンイベントに組んだ大イベントだ。興行収入は1800万ドルと一気に5倍に膨れあがる。

「中国のボクシング興行、成功する」

「マカオは既にラスベガスの8倍のカジノ収入があるといわれる。主な客は中国人だ。私はラスベガスに住んでいるのでよく知っているが、ラスベガスのカジノテーブルを囲んでいるのも中国人ばかり。世界で中国人ほどカジノ好きな人種はいないと思う。ハイローラーと呼ばれる高額の賭けをする上客を集めるには、よりビッグなイベントを開く必要がある。それがパッキャオ戦だ」

たった2度の開催で「中国のボクシングビジネスは成功すると確信できた」と語るアラム氏。その恩恵を享受するのは、カジノやプロモーターだけではないと力説する。

「これまでラスベガスや5万人収容のカウボーイスタジアム(テキサス州アーリントン)で戦ってきたパッキャオが、なぜマカオで試合をすることに同意したか。都落ちと思われるかもしれないが、それは誤った見方だ」

「彼は米国で試合をするといつもファイトマネーの約40%を源泉徴収で引かれてしまう。マカオではほぼゼロだ。米国で放送されるペイ・パー・ビュー(PPV、番組ごとに視聴料を払う課金システム)の歩合収入にも海外での試合ということで米国の税率は適用されない。パッキャオがマカオの試合で得る1800万ドル(最低保証)は米国での3000万ドルの価値がある」

市場開拓へアジアの選手発掘

これまで米国でメキシコやプエルトリコ、フィリピンなど海外選手をスターに育ててきたアラム氏は、アジア市場開拓のためにアジアの選手を発掘したいと考えている。

「中国のライト級とフライ級の2選手と新たに契約した。大事なことはファンに好まれるスタイルを持っているかどうか。村田は非常に攻撃的でパンチ力もある。ファンが求めている全てを備えている。先日、メキシコで防衛した世界ボクシング評議会(WBC)スーパーフェザー級王者の三浦隆司(帝拳)も面白いタレントだと思う」

「実はマカオに続く開催地としてシンガポールを既にピックアップしている。ベネチアン・マカオを経営するサンズはシンガポールでも、最も人気の高いカジノリゾートの『マリーナベイ・サンズ』を経営している。マカオでの成功に触発されてボクシング興行に関心を高めている。シンガポールで起用したいのは日本人ボクサーだ」

来年2月に予定しているシンガポール最初の興行では、村田の試合を組みたいとアラム氏は考えている

シンガポール初の興行、来年2月に

「先日もシンガポールを訪れたが、一番多い観光客は日本人だと聞いた。中国人はマカオで遊ぶが、日本人はシンガポールを好むらしい。シンガポールの最初の興行は来年2月に予定している。(日本でのプロモート権を持つ)本田明彦帝拳ジム会長と(村田のマネジメントを担当する)電通と相談し、できれば村田を登場させたい」

「トップランク社は現在、米国で年間約60興行を主催している。来年はマカオで4回、シンガポールで2~3回の興行を行う計画がある」

米国のボクシングビジネスを急拡大させた最大の要因はPPV放送の普及だ。まだ中国ではお金を払ってテレビ番組を見る習慣はあまりないが、アラムは既にPPV放送に動き出している。

「7月の鄒市明のデビュー2戦目は中国国内では国営放送のCCTV、インターネットのストリーム放送を合わせて2億世帯で視聴できたという。私がいま、本当に狙っているのは中国でのPPV放送だ。それも通常のテレビではなく、スマートフォンでのPPV放送を考えている。それならば視聴料は米国の10分の1でできる」

「中国市場、いわば眠れる虎」

米大リーグのサイトなどを運営するデジタル企業のMLB・BAM社と提携し、市場調査や技術開発に着手した。来年のPPV開始を目指し、11月のパッキャオ戦で試験運用する予定だ。米国ではPPVの視聴料は50~60ドル程度だが、中国では5ドルの低額でやりたいという。

「それでも市場が大きいから1興行でPPV収入が2000万ドルに達する可能性があると思っている。本当にその数字が実現できたら、世界のボクシングは変わる。中国市場はいわば眠れる虎だ。この潜在需要を掘り起こすことができれば、米国のボクシング市場よりも大きな市場になる可能性を秘めている」

モハメド・アリの顧問弁護士としてボクシング界に身を投じてから半世紀。アラム氏はシビアな興行の世界を生き抜いてきた。1970年代から2000年代初頭まではマイク・タイソンを擁したドン・キングとのライバル関係があり、今は元6階級王者のオスカー・デラホーヤが立ち上げた「ゴールデンボーイプロモーション」が勢力を急拡大している。アラム氏はHBO、ゴールデンボーイはショータイムとそれぞれ大手ケーブルテレビ局と組み、業界を二分する競争を繰り広げる。

常に新しい手法考え、トップ維持

「もう、このビジネスを50年やっている。その間、ずっと業界のトップランナーの地位を守ってこれたのは常に新しいことを考えてきたからだ。クローズド・サーキット(映画館の大型スクリーンで有料で見る。70年代から普及)もPPV放送も最初に始めたのは自分だった」

「ほとんどの経営者は『守る』ところから始める。でも、それではいつか負ける。日本のエレクトロニクス産業が韓国サムスンの後じんを拝したのはなぜか。ボクシングも同じだ。同じことを続けているだけではポジションを維持することはできない。常に新しいフィールドを考えて進んでいかないといけない」

日本人ボクサー、新たな挑戦の機会に

「もちろん、他のプロモーターもアジア市場に手を伸ばしてくるだろうが、そのときにはもう私は月まで行っているよ。それが私のフィロソフィーだ」

12月で82歳になるというのに、このバイタリティー。日本のボクシング界にとって今までは遠い世界の住人だったが、トップランク社のアジア戦略で彼我の間がぐっと縮まった。日本人ボクサーにも新たな挑戦の機会を提供してくれるかもしれない。

(山口大介)

 ボブ・アラム 1931年、ニューヨーク出身のユダヤ系米国人。ハーバード大法科大学院を出て弁護士として活動した後、60年代からボクシング界に進出した。66年に興行会社のトップランク社を設立。これまでアリ、マービン・ハグラー、レイ・レナード、ロベルト・デュラン、ジョージ・フォアマン、デラホーヤ、パッキャオら多くのスター選手の試合を手掛けてきた。村田を含め、3人のロンドン五輪金メダリストと契約している。99年に米国ボクシング殿堂入り。

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