2019年2月16日(土)

八甲田山行軍兵の写真発見 遭難、凍傷手術前の5人

2012/7/3付
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死者199人を出した1902年の旧陸軍青森歩兵第5連隊の八甲田山雪中行軍で、遭難した兵士の手術前の写真7枚が陸上自衛隊衛生学校(東京都世田谷区)に保管されていたことが3日までの同校への取材で分かった。東日本大震災で史料室の展示品が壊れ、偶然発見。青森市の八甲田山雪中行軍遭難資料館は「手術前の写真は確認したことがなく、極めて貴重だ」としている。

陸自衛生学校によると、病院のベッドに横たわる兵士5人の姿や凍傷の両足などが写り、7枚とも縦6センチ、横10センチ。仮死状態で奇跡的に発見され、銅像にもなった後藤房之助伍長(当時22)もいる。凍傷で手の指や両足を切断する手術を受けた。5人のうち2人は撮影後に亡くなった。

発見のきっかけは昨年3月11日に発生した震災だった。同校医学情報史料室「彰古館」で、西南戦争(1877年)の負傷兵の体内から摘出した鉛弾の標本箱(縦32.5センチ、横26センチ、厚さ3.5センチ)が展示用ガラスケース内で倒れた。

その拍子にくぎ8本で留めてあった台紙が外れ、箱の底部にばんそうこうで貼られている写真を学芸員が発見した。添えられた薄紙にペンで手書きされた所属や名前から、雪中行軍の第5連隊の兵士と判明。青森市内の写真館が手術前に撮ったらしい。

彰古館の標本で最も古く、1878年に作られたとみられるが、写真を内部に収めた理由や時期は不明。傷みが激しく、同校は修復できないか検討している。

遭難資料館の松岡良美館長は「手術前の写真は初めて見たので驚いた。行軍の悲惨さを物語る貴重な史料だ。何らかの理由で表に出せなかったのだろう」と語る。〔共同〕

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