2019年9月19日(木)

初恋や挫折つづる 新美南吉の手紙6通発見

2013/6/29付
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「ごんぎつね」で知られる愛知県半田市出身の童話作家、新美南吉(1913~43年)が16歳から17歳にかけて、旧制半田中(現半田高)時代の同級生に宛てた6通の手紙が同県東浦町の中央図書館で見つかり、29日から公開された。

現存する南吉の手紙としては最も若い時期に書かれたものも含まれる。青春時代の初恋や挫折が友人相手の率直な文章でつづられ、創作活動を通じて「自分は非凡」などと自信を取り戻していく様子がうかがえる。

岡崎女子大の上田信道教授(児童文学史)は「あらためて、この時代の南吉の心情と作品とのつながりを感じる。これまでの南吉研究の裏付けとなるものが出てきた」と話している。

6通は29(昭和4)年8月から31(昭和6)年7月に書かれた。いずれも半田中から旧制八高(現名古屋大)に進み、後に愛知県立大教授となった国文学者の久米常民(1913~77年)に宛てたものだった。

最初の手紙では、当時同級生だった久米に「失礼ですが小説などを毎日かいてゐられるでせう」と問い掛け「僕もさうです」と対抗心を燃やす一方、初恋の女性と20日間会っていない寂しさを打ち明けている。

岡崎師範学校(現愛知教育大)の受験に失敗した時期に書かれた31年4月の手紙では、八高に進学した久米からの手紙を「僕に同情した事ばかりかいてある。僕は癪にさわって仕様がない」となじり「八高の制帽制服で来い。来たら、覚えたドイツ語をかたれ。俺は、思ひきって、たゝきのめされて、泣いて見せるから」と傷ついた心をあらわにしている。

母校の半田第二尋常小(現半田市立岩滑小)で代用教員を務めるようになると、創作活動に打ち込む姿がつづられ、自作の童謡が雑誌「赤い鳥」などに掲載されたことを自慢。「俺はまた此の頃自分が非凡の男の様に思へて来た」「もう俺は(北原)白秋にみとめられてるつもりだ」「僕は僕以外の誰にもなりたくない。僕は現在の僕が一ばんいとしい」とすっかり自信を取り戻した様子がうかがえる。

新美南吉記念館(半田市)の学芸員、遠山光嗣さん(41)は「寂しい一生を送ったという印象がある南吉だが、何でも語り合える友人がいた。共に文学を志していた久米という存在の大きさや、才能を伸ばしていく様子が伝わってくる」と話している。

手紙は、久米の遺族が図書館に寄贈した資料に含まれていた。今年5月、図書館の職員ら3人が箱に入った資料を整理していた際に発見した。〔共同〕

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