2019年2月16日(土)

旧二条城で信長の二重堀跡

2012/6/28付
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織田信長が1569年に室町幕府15代将軍の足利義昭のために建てた旧二条城(京都市上京区)の内堀跡の一部が見つかり、神戸市の民間団体「古代文化調査会」が28日、発表した。

ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスは著書「日本史」で、二重の堀があったと記述。これまでに計4カ所の堀跡が見つかっており、方形の堀が二重にめぐり、外堀は南北380メートル、東西390メートルと推定されていた。今回見つかったのは内堀の西側部分で、内堀は南北160メートル、東西200メートルとみられる。

同調査会は「(二重構造の)内側の広さがほぼ判明し、二重の堀がある構造がフロイスの記述と一致することが分かった」としている。

今年5月からの調査で、南北約8メートル、幅6.5~4.5メートル、深さ2.4~2.2メートルの堀跡を確認した。

信長は1573年、命令に従わなくなった義昭を京都から追放。76年に城を取り壊し、安土城の資材にした。旧二条城は現存する二条城(同市中京区)と区別する呼び名で、当時は「武家御城」などと呼ばれていた。

現地説明会は30日午前10時~正午。〔共同〕

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