2019年3月24日(日)

川端康成「初掲載」の文章 大正期の雑誌発見

2012/2/21付
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日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した小説家、川端康成(1899~1972年)が、旧制中学時代に執筆した文章を掲載した大正6年(1917年)刊行の雑誌を、熊本市の尚絅大の宮崎尚子助教(日本近現代文学)が19日までに見つけた。

家庭雑誌「団欒」の大正6年3月号。川端康成が旧制中学時代に執筆した文章が掲載されている=共同

家庭雑誌「団欒」の大正6年3月号。川端康成が旧制中学時代に執筆した文章が掲載されている=共同

文章の存在は川端自身が明らかにしていたが「川端康成全集」にも収録されておらず、詳しい内容が長く確認されていなかった。川端は、初めて雑誌に掲載された自分の文章と紹介、これを基に創作した小説2編を残しており、川端文学の研究に役立つ貴重な資料といえそうだ。

見つかったのは、大阪市にあった出版社が発行した家庭雑誌「団欒」の大正6年3月号。大阪府立茨木中学の恩師を追悼する「生徒の肩に柩を戴せて 葬式の日、通夜の印象」と題した文章で、同中5年生だった川端が、同級生とひつぎを担いだ葬儀などの模様を記した。

川端はこの体験を題材に、27年に短編小説「倉木先生の葬式」を大衆雑誌「キング」に発表。49年には「師の棺を肩に」を少年雑誌「東光少年」に執筆した。

宮崎助教は「見つかった文章と小説を比較することで、どんなところを肉付けしたのかが分かり、川端が文学において何に重きをおいていたのかを研究する糸口になる」と期待を寄せている。

川端は、32年に同中の同窓会報で、この文章に触れ「幼い哀傷調の長文であったため(雑誌主宰者によって)縮められたが、だいたい原文を生かして紹介された。私の文章が雑誌に掲載された最初であった」と記した。

宮崎助教から連絡を受けた川端康成記念会の川端香男里理事長は「永年の宿題が一つ解けた感がいたします」との感謝の言葉を寄せた。「作品の成立史が分かることは、川端文学の本質を見る上で大切で、大きな発見だ」と話している。

宮崎助教は、川端が受けた国語教育を研究しており、昨年8月に名古屋市の古書店で発見した。〔共同〕

訂正> 19日20時19分に掲載した「川端康成『初掲載』の文章」の記事中、「生徒の肩に柩を載せて」とあったのは「生徒の肩に柩を戴せて」の誤りでした。(2012/2/21 14:08)

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