2017年11月20日(月)

旧陸軍機、69年ぶり雄姿 十和田湖底から引き揚げ

2012/11/17付
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青森県十和田湖から69年ぶりに引き揚げられた旧陸軍の「一式双発高等練習機」(1日)=共同

青森県十和田湖から69年ぶりに引き揚げられた旧陸軍の「一式双発高等練習機」(1日)=共同

 あらためて見る機体は、やはり大きかった。旧陸軍の飛行機「一式双発高等練習機」。戦時中に青森、秋田県境の十和田湖に沈んだ機体が69年ぶりに引き揚げられ、青森県立三沢航空科学館(三沢市)で一般公開が始まった。航空機ファンの熱烈な要望で、本格的な復元作業に先立ち公開が決まったという。展示会場を訪ねた。

 一式双発高等練習機、通称「双高練」は操縦、射撃、爆撃、通信など多様な訓練に対応するため陸軍が1939年、航空機メーカーの立川飛行機に試作を指示、41年に正式に採用された。

 立川飛行機は後発で、大手の後じんを拝していたが、双高練は傑作と評価され、終戦直前まで千機以上生産された。輸送機や特攻機にも使われたが、国内ではこれまで一機も保存されていなかったという幻の飛行機だ。

 十和田湖の機体は43年に秋田県の陸軍能代飛行場から青森県の八戸飛行場に向け飛行中、エンジントラブルで湖面に不時着し、そのまま沈んだ。

旧陸軍の飛行機「一式双発高等練習機」=青森県立三沢航空科学館提供・共同

旧陸軍の飛行機「一式双発高等練習機」=青森県立三沢航空科学館提供・共同

 9月5日。十和田湖畔には戦時中、双高練と関わった関係者の姿もあった。青森市の藤本正樹さん(84)は44年、学徒動員で茨城県の陸軍水戸飛行場に配属され、双高練の整備担当になった。

 「整備といっても、学生にさせてもらえたのは機体磨きくらい」と言うが、1日がかりの重労働。時々ご褒美に訓練飛行への同乗を許され、藤本さんも10回ほど乗った。揺れが少なく、乗り心地が良かったのが印象的だったという。

 もろくなっていた機体は引き揚げの最中に割れ、機首、胴体、尾翼が順番に姿を現した。想像していたよりはるかに大きく、息をのんだ。さびもさほどではなく、胴体と主翼には日の丸がはっきりと見て取れた。69年も水中にあったとは思えないきれいな姿だった。

 機体を見ながら、藤本さんは「戦時中の思い出がよみがえる」と、食べるものがなく苦しかった生活ぶりや、空襲で爆弾が近くに落ち、一緒にいた人が亡くなった話を聞かせてくれた。青森は両親の故郷で、終戦後に移り住んだ。

 「水戸で出会った飛行機に、青森で再会できるとは思わなかった。双高練は戦友。抱き締めてあげたい」と話す藤本さんの遠くを見つめるような表情が忘れられない。〔共同〕

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