伝統と前衛精神を見事に結ぶ(評伝)

2012/10/13付
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もし丸谷才一氏がいなかったら、1970年代以降の日本文学は、もっと殺風景で平板なものになっていたに違いない。

翻訳も手掛けたジェイムズ・ジョイス、グレアム・グリーンら欧米文学についての専門的な知識と、源氏物語、古今和歌集以来の古典文学への深い造詣をともに備えた教養は、戦後の小説の実作者の中でも、群を抜いていた。その意味で、丸谷氏は、森鴎外や石川淳といった教養派の文豪の正統的な後継者といってよかった。

しかし、丸谷氏の独自性は、教養派の一言には収まらない。何より、趣向や仕掛けを凝らしたその小説は、常に既成の文壇を挑発し、読者に読む楽しみを提供し続けた。普通の市民を主人公に据えながら、その俗物ぶりを際立たせるなどして、暗くてじめじめとした日本の私小説や家庭小説を、優雅に笑いのめした。自我にこだわった生真面目な近代日本文学に反逆を唱えたのである。代表作「たった一人の反乱」の書名は、戦後の日本文学に対する丸谷氏の立ち位置を象徴的に示している。

伝統と前衛精神を見事に結びつけた丸谷氏は、60年代以降の古典を軽視する風潮に対して、ことのほかきびしかった。日本語と日本語の文章について、啓蒙的な評論を数多く書いているのもその表れだ。「文学で大切なのは個人の才能とか時代精神とかではなく、むしろ伝統である」(「日本文学史早わかり」文庫あとがき)。この言葉には、村上春樹氏をはじめ多くの才能を見いだした文学界のリーダーの願いが込められている。(編集委員 宮川匡司)

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