2019年6月26日(水)

人名・身分…戸籍記した最古の木簡 太宰府で発見

2012/6/13 0:00
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福岡県太宰府市は12日、市内の国分松本遺跡で、人名や身分など戸籍の内容を7世紀末(飛鳥時代)に記録した日本最古の木簡が見つかったと発表した。律令国家体制が整う大宝律令の施行(8世紀初め)に先駆けて、統治の基本となる戸籍制度が完成していたことを示す貴重な発見という。

国分松本遺跡で見つかった、行政単位の「嶋評」から始まる戸籍の内容を記した日本最古の木簡の表(右)と「進大弐」などと記された裏の赤外線写真(福岡県太宰府市教育委員会提供)

国分松本遺跡で見つかった、行政単位の「嶋評」から始まる戸籍の内容を記した日本最古の木簡の表(右)と「進大弐」などと記された裏の赤外線写真(福岡県太宰府市教育委員会提供)

市によると、木簡には行政単位の「嶋評(しまのひょう)」や冠位を表す「進大弐(しんだいに)」などの漢字が両面に墨で書かれていた。「評」は大宝律令以前の地方行政単位「国・評・里」の一つで郡に相当し、嶋評は現在の福岡県糸島市や福岡市西区に当たる。

現存する最古の戸籍は、奈良・東大寺の正倉院に伝わった文書「筑前国嶋郡川辺里戸籍」(702年)などだが、それ以前の戸籍の具体的な姿は不明だった。出土した木簡は(1)701年に「評」が「郡」に変更された(2)685年に「進大弐」の冠位使用が始まった――を理由に、市は685~701年の作成とみている。

木簡には「建部身麻呂(たけるべのみまろ)」など少なくとも16人分の名前が載っているほか「兵士」や「丁女」(成年女性)などの身分や性別も記載。「老女之子」など続き柄が分かる表現や、正倉院の戸籍と共通する「川部里」という里の名もあった。

嶋評のある里を対象に、1年間の人の異動を記録した帳簿とみられ、筆跡から同一人物が書いた可能性がある。

木簡は長さ31センチ、幅8.2センチ、厚さ0.8センチ。最大で長さ60センチ程度、幅20センチ程度だったものを折って遺棄したとみられる。

出土場所は大宰府政庁跡の北西1.2キロにある河川跡で、市は近くに筑前国を掌握する役所があったとしている。

遺跡では、ほかにも飛鳥時代から奈良時代にかけての木簡9点が出土。24枚の木簡を束ねたものに付けた札とみられる珍しい木簡も見つかった。

市は16日午前10時から現地説明会を開くほか、24日まで同市国分の文化ふれあい館で木簡を展示する。

▼古代の戸籍 戸と呼ばれる家族集団単位で人を登録、管理する公文書。古代日本の根幹的な支配制度の一つだった。最古の全国的な戸籍は670年の「庚午年籍(こうごねんじゃく)」。続いて初の法典「飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)」に従って690年に「庚寅(こういん)年籍」が整備されたが、いずれも実物は残っていない。大宝律令に基づき702年に作られた戸籍は、美濃国(岐阜県)や筑前国(福岡県)、豊後国(大分県)などのものが現存する。

〔共同〕

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