目立たれては困る 信長の肖像画、秀吉が改変か
刀少なく、服装も地味に

2011/6/11付
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安土桃山時代の絵師、狩野永徳作とされ、大徳寺(京都市)が所蔵する織田信長の肖像画が、完成後に服装の色や模様を地味にし、刀の本数も少なくするなど描き直されていたことが、11日までの京都国立博物館(同市)の調査で分かった。

肖像画は大徳寺で営まれた信長の三回忌に合わせて描かれたもので、当時権力を掌握しつつあった豊臣秀吉が法要を実質的に取り仕切った。

同博物館の山本英男美術室長は、秀吉が(1)若武者のような派手な服はふさわしくない(2)信長が自分より目立つのは面白くない――などの理由で描き直しを命じたと推測している。

肖像画は絹地に顔料で着色する「絹本著色」で、色に深みが出るように裏面にも同じ色で描いている。縦115センチ、横51センチで、掛け軸の木の部分に、法要を翌月に控えた「天正12年(1584年)5月」の制作と墨書した。

2008年9月~09年10月に解体修理し、山本室長が調査。裏面に緑と茶の2色の小袖をまとい、大ぶりな桐(きり)の紋や2本の脇差しなど、華麗な雰囲気の信長を描いた跡が残っていた。

表面の信長像は小袖が薄い青色で、小ぶりな紋に、脇差しも1本だけ。元の絵に新たに彩色し、上書きしたとみられる。

さらに両方の顔の部分を透過赤外線撮影で比較すると、裏面は口ひげの両端がはね上がり、雄々しい顔つきだった。

〔共同〕

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