2019年1月22日(火)

よろい装着の人骨、6世紀の火山灰から 群馬・金井東裏遺跡

2012/12/10付
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群馬県渋川市の金井東裏遺跡で、6世紀初め(古墳時代後期)の火山灰の地層から、鉄製のよろいを着けた成人男性の人骨1体が見つかったと、県埋蔵文化財調査事業団が10日、発表した。よろいは古墳の副葬品として出土することが多いが、事業団によると、実際に装着した状態で見つかるのは初めて。

金井東裏遺跡から出土した、よろいを着けた人骨(11月、群馬県渋川市)=群馬県埋蔵文化財調査事業団提供・共同

金井東裏遺跡から出土した、よろいを着けた人骨(11月、群馬県渋川市)=群馬県埋蔵文化財調査事業団提供・共同

同事業団はよろいは胴体部分のみだったことから、戦いの最中ではなく、同じ時期に噴火した榛名山(群馬県)の火砕流に巻き込まれたとみている。古墳時代に被災した人骨が発見された例もなく、当時の災害の様子を知る上で一級史料となりそうだ。

同事業団によると、人骨は厚さ約30センチの火山灰に覆われた溝(深さ約1メートル)で確認、ほぼ全身が残っていた。榛名山に向かい、両膝を付き、うつぶせに崩れ落ちた格好だった。年齢は不明。そばには鉄製のやじり十数本や別のよろいもあり、乳児の頭の骨も見つかった。溝の中で火山灰に密閉されていたため、保存状態が良かったとみられる。

人骨が着けていたよろいは高さ60センチ、幅50センチ。小札と呼ばれる短冊状の鉄板(長さ約5センチ、幅約2センチ、厚さ約1ミリ)を多数つづり合わせた強固なつくりだった。同事業団は「山の神の怒りを鎮める儀式をしていたのではないか」としている。

金井東裏遺跡は榛名山の北東約8.5キロ。過去の発掘調査で、6世紀初めの噴火の際、火砕流が最大15キロ先に及んだことが判明している。

群馬県内では5世紀後半以降、前方後円墳など有力者の古墳の副葬品として多く出土。渋川市の黒井峯遺跡では火山から噴出した軽石の下にあった古墳時代の住居や畑跡が当時のまま出土している。海外では、古代ローマの都市が埋まったイタリアのポンペイ遺跡が有名。神殿や劇場、住居などが見つかっている。

現地説明会は12日午前10時~午後3時(雨天中止)から開かれる。

一瀬和夫京都橘大教授(考古学)の話 6世紀になると、首長クラスは今回見つかったような実用的なよろいは着けなくなる。男性は、首長の居館を警備する武人だったのではないか。武具一式を着けていないことから、任務としてではなく、自分の家族が心配で見に行ったのかもしれない。同様に噴火で埋もれたイタリアの古代都市ポンペイの遺跡では、家族の方を向いて倒れた父親の様子が分かっている。男性もわが子を抱いて逃げる途中、転んでしまったのかもしれない。〔共同〕

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