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文化人類学者の山口昌男氏が死去 「中心と周縁」理論

(更新)

フィールドワークに基づく「中心と周縁」などの独自の理論で幅広い分野に影響を与えた文化人類学者、山口昌男(やまぐち・まさお)氏が10日午前2時24分、肺炎のため東京都三鷹市の病院で死去した。81歳。自宅は府中市朝日町1の13の26。告別式は16日午前11時から同市浅間町1の3の府中の森市民聖苑。喪主は妻、ふさ子さん。

北海道生まれ。1955年東京大国史学科を卒業後、麻布中学教諭を経て東京都立大(現首都大学東京)大学院で社会人類学を専攻。東京外国語大教授、静岡県立大教授などを歴任し、パリやナイジェリアの大学でも教壇に立った。99年~2003年に札幌大学長。

70年代以降、アジアやアフリカなど世界各地の現地調査に基づいた「中心と周縁」理論や道化の役割に注目した「トリックスター論」など、独自の理論を展開。学問領域の枠を超えて日本の思想・文化をリードし、浅田彰氏や中沢新一氏らによる80年代の「ニューアカデミズム」にも大きな影響を与えた。

11年に文化功労者。著書は「歴史・祝祭・神話」「道化の民俗学」「文化と両義性」「『敗者』の精神史」(大仏次郎賞)など多数。

親交のあった建築家の磯崎新さんの話 同世代のさまざまな分野の思想や考え方に影響を与えたリーダーだった。私自身も芸術や社会に関して学ぶことが多く、一緒に文化を議論してきた同僚のような印象がある。もう話を聞けないと思うと悲しみは強く、大きな人を失ったと思う。学問だけでなく、漫画を描き、冗談も言えるユニークな性格で親しみの持てる人だった。

社会学者の上野千鶴子さんの話 アカデミズムとジャーナリズムを架橋し、学際的な分野を渡り歩いた不世出の「知のトリックスター」でした。そして、マイノリティーや敗者に対する目配りを欠かさない偉大な人類学者だった。学閥や利害を超えて、中沢新一さんや浅田彰さんら多くの人物を育て、私のことも「おもろいやっちゃ」というだけで育ててくれた。大好きな人でした。

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