上村選手「すごくいい思い出」 自分らしい滑りに涙

2014/2/9付
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【ソチ=共同】「とてもすがすがしい気持ち。五輪をすごくいい思い出で終われる」。レース後、上村選手の瞳には、自分らしい滑りができたうれし涙が光っていた。

長野県・白馬高3年だった1998年、地元で開かれた長野五輪に初出場した。7位入賞。5色の付け毛でおしゃれした"モーグル少女"はすぐに人気者になった。表彰式で、金メダルをかけて真ん中に立つ当時の日本代表、里谷多英さん(37)を見て「あ、私もそこに行きたいな」と憧れた。

ソルトレークシティーは6位、トリノ5位。上だけを見て、自分を追い込んだ。メダルが有力といわれた次のバンクーバー大会の開催国カナダは、中2の冬に旅行に行き、モーグルと出合った場所だ。運命を感じて「ここでメダルを取ってやめよう」と決めていた。

結果は4位。「なんでこんなに一段、一段なんだろう」。笑おうとしても、涙があふれた。気力が湧かず、1年間の休養を宣言した。「バンクーバーへの思いがすごく強くて、いろんな引き出しを使いきっちゃったのかな」と振り返る。

2009年に結婚したアルペン選手の夫、皆川賢太郎さん(36)とスキーを楽しんだり、料理をしたり。それでもやめる決心はつかずにいた。11年3月、新潟県湯沢町のスキー場でコブ斜面を滑っていた時のことだ。「やっぱりうまいなあ」。現役選手の夫がさらっとほめてくれた。

同じころ、背中を押されたもう一つの出来事があった。東日本大震災後、宮城県塩釜市にいた友人から「物資がない」と聞き、車で駆けつけた。沿岸部の避難所で、言葉が見つからずにうつむいて物資を配っていると声を掛けられた。「五輪、見てたわよ。頑張ってね」。喜んでもらえたのがうれしかった。

「モーグルのバーン(斜面)が私の居場所。けがをしてもいないし、待っていてくれる人がいる」。一度立ち止まったことで力が抜け、5度目の五輪は「バンクーバー前とは別人みたい」にリラックスして楽しんだ。

「長いこといっぱい滑ったね」。ソチでの競技後、コーチたちからねぎらわれた。「泣いたり笑ったり、今日は忙しかったです」。少し照れた後、またほほ笑んだ。

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