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「キャリア」の本分とは 警察庁長官銃撃事件時効

編集委員 坂口祐一

1995年に起きた国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件が3月30日、公訴時効を迎えた。事件発生から時効直後の捜査結果公表に至るまで警視庁の捜査・対応は迷走。29万人を擁する治安機関・日本警察は「自らのトップが狙われた事件の犯人を突き止められない」という汚点を警察史に残してしまった。

地下鉄サリン事件被害者の会の集会で上映された、国松孝次・元警察庁長官ら当時の関係者の証言ビデオ(3月13日、東京都千代田区)

延べ48万人を動員した捜査が頓挫した要因として「公安警察と刑事警察の対立」「初動捜査の不徹底」などがあげられている。確かにこうした面はあるが、捜査を通して問われたのは、結局、警察組織を指揮・運営する警察キャリアの力量ではなかったか。

露呈した機能不全

直前に発生した地下鉄サリン事件の捜査に刑事部が忙殺されていたことなどから、警視庁は長官銃撃事件の捜査を公安部主導で進めた。殺人や強盗などを対象にする刑事警察と異なり、対「組織」捜査を得意とする公安警察にとって、聞き込みなどの現場活動は得意ではなかったろう。

地下鉄日比谷線築地駅前の路上で、手当てを受ける地下鉄サリン事件の被害者(1995年3月20日、東京都中央区)

事件に関与したと公安部がみるオウム真理教幹部が刑事部の"管理下"にあったため、取り調べの連携や情報の共有がうまくいかなかった、との指摘もある。

だが、警視庁では当時、警視総監以下、事実上キャリアの最高幹部だけで構成する「御前会議」で捜査方針を決めていた。組織内の壁が捜査の妨げになっていたのであれば、両部門の上に立つ最高幹部の力が及ばず、統制し切れなかったということになる。

時効を迎えた今も、刑事部門には、オウム真理教関係者とはまったく別の人物が犯人である、とする幹部も複数いる。当否は別に、内部の意思疎通はどうなっているのかと不思議に思うが、これもキャリアの力量不足の表れではないか。

「身内」捜査で迷走

警視庁の混迷は、長官銃撃事件翌年の96年に「自分が長官を撃った」と"自供"した、オウム信者だった元同庁巡査長をめぐる対応に象徴される。

95年3月20日の地下鉄サリン事件発生を受け、元巡査長は同事件の捜査本部に派遣されていた。23日に滋賀県警が押収した光ディスクの分析で、元巡査長が信者であることが発覚。だが驚くことに警視庁は、教団の摘発を目指すサリン事件の捜査本部に元巡査長をそのまま配置し続け、長官銃撃事件を迎えた。

元巡査長が供述した後は、事実上、軟禁状態におきながらの"秘密聴取"が約5カ月間続いた。このことは内部告発とみられる報道機関への投書で明らかになり、公安部長が更迭され、総監が引責辞任。警視庁は大混乱に陥った。

当時の警視庁幹部らは「供述が揺れており、信頼性に欠けた」などと説明したが、その後捜査にかかわった関係者の間では「もっと早い時期に供述の裏付け捜査を始めていたら違う展開もありえた」との見方で一致している。

「見立て」が空回り

警察庁長官銃撃事件の時効成立を受け、記者会見する警視庁の青木五郎公安部長(右上、3月30日)

「捜査幹部が自分たちの見立てに固執した」「キャリアが自ら容疑者を取り調べたことで、容疑者に足元を見られた」との指摘もある。階級と命令で動く組織で、幹部の「見立て」がいかに現場に影響を与えるか。

かつて警視庁公安部の幹部を務めたOBは、同庁に就任直後、部下の捜査員からこう忠告を受けたという。「捜査について見立てを口にしない方がいいですよ。もし話せば、数日後にその見立てに沿った調書ができあがってきますから」――。

振り返れば、迷走は最初から始まっていた。銃撃事件は地下鉄サリン事件が発生し、オウム真理教に対する捜索で「警察対教団」の全面戦争へとなだれ込むただ中で起きた。その時期に、最高責任者の警察庁長官が公舎ではなく私邸から通勤し、十分な警戒・警備体制を取っていなかったのだから。

そして公訴時効が完成した3月30日、警視庁は「立件はできなかったが、事件はオウム真理教によるテロだ」と名指しする捜査結果を発表した。刑事手続きから大きく逸脱する警察の姿は、この捜査が最後の最後まで失敗であったことを印象づけた。

長官銃撃事件が解決できなかった理由は、「キャリアがキャリアの仕事をしなかった。すべきでないことをしすぎたこと」(元警察幹部)に尽きる。

これまでの取材を通して、「捜査員の思いに応えたい」の一事だけを考えて警察上層部や検察を突き動かし、「とにかく現場を大切にしたい」と命を削るようにして捜査員らと酒を酌み交わすキャリアの姿も数多く見てきた。警察キャリアは検事ではなく、捜査官でもない。今回の事件を機に、警察キャリアのあり方をいま一度、考えてみるべきではないだろうか。

長官銃撃事件を捜査した警視庁

見えない「手立て」

「自分が撃った」と供述する男が手にしていたのは、間違いなく犯行に使われた銃そのもの。だが、供述内容は現場の状況と矛盾し、やがて男は否認に転じる。捜査本部内の意見対立も尾を引き、1人の男の供述に最後まで振り回されたまま、事件は時効を迎えた――。

長官銃撃事件の話ではない。94年、名古屋市で住友銀行(当時)名古屋支店長が射殺された事件でも、このような経緯があった。男は別の容疑で服役中に刑務所で死亡している。

長官銃撃事件はじめ、グリコ森永事件、朝日新聞襲撃事件などの未解決事件を見ると、日本警察は背景・組織を持つプロ的な犯罪には歯が立たないのではないか、という危惧を抱かせる。

地下鉄サリン事件について言えば、坂本弁護士一家殺害事件、松本サリン事件という「前兆」があった。防げる可能性があったということだ。しかし、警察の捜査や対応をめぐる反省や検討が公になされないまま、長官銃撃事件も迷宮入りしてしまった。

このような組織的、計画的な事件に対処する有効な手立ては何なのか。個人の刑事責任しか問えないような現行法制度に問題があるのか。犯行の痕跡が残るような仕組みを拡充すればいいのか。

警視庁が公表すべきだったのは、立件できなかった事件の「見立て」ではなく、長官銃撃事件の捜査が失敗した理由と、捜査力向上への課題は何かという「プロ」としての見解ではなかったか。

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