2019年6月21日(金)

"土俵の鬼"初代若乃花が死去

2010/9/1付
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横綱栃錦とともに「栃若時代」を築き、「土俵の鬼」と呼ばれ昭和30年代の大相撲の黄金期を演出した元横綱初代若乃花の花田勝治(はなだ・かつじ)氏が1日、腎細胞がんのため死去した。82歳だった。告別式は5日午後1時30分から東京都中野区中央2の33の3の宝仙寺。喪主は次男、浩氏。

1928年、青森県中津軽郡(現弘前市)生まれ。リンゴ園の長男として生まれたが、34年の室戸台風で作物が全滅し、北海道室蘭に移住。少年時代から港湾での荷役など重労働で一家を支えた。初土俵は46年11月。強じんな下半身とひざのバネはこうした肉体労働で鍛え上げられたもので「異能力士」として出世街道を走った。

58年1月場所後に45代横綱に昇進。昇進時は105キロの小兵だったが、スピードとテクニックを盛り込んだ近代相撲でファンを魅了。呼び戻しなど豪快な技が得意で、"土俵の鬼"とも呼ばれた。優勝は通算10回。

62年に引退後、二子山部屋を創設。苦労の末、故郷青森出身の二代目若乃花、隆の里の2横綱のほか2大関を誕生させるなど、部屋のある東京都杉並区阿佐谷に一大勢力を築き上げた。88年、元横綱栃錦の春日野親方の後を受けて日本相撲協会理事長に就任、92年まで務めた。

93年、当時、藤島親方だった実弟の故初代貴ノ花に「二子山」の年寄名跡を譲渡して、相撲博物館館長に。しかし、名跡譲渡に関する申告漏れが表面化し、96年に館長を辞任した。

貴乃花、若乃花(三代目)の元横綱兄弟は甥(おい)にあたる。

91年、文部省スポーツ功労者賞、紫綬褒章。

88年2月、日本経済新聞に「私の履歴書」を執筆した。

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