「一日無事に乗りこえても、夜明けが怖い」 江藤拓農林水産副大臣

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2013/6/16付
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2010年4月に宮崎県を中心に襲った家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)。同県だけで牛と豚を合わせて約29万8千頭が殺処分されるという甚大な被害をもたらした。当時は鳩山由紀夫内閣の末期。野党・自民党で口蹄疫対策特別措置法の議員立法に携わった、江藤拓農水副大臣(宮崎2区)が立法に至る過程を振り返った。(聞き手は政治部 沼口祐季)

共同

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――議員立法にした狙いは何だったのでしょうか。

「あれだけの被害になると、当時の家畜伝染病予防法を読んでもとても対応できない。(被害が)広域であるし、規模もでかい。ワクチン接種となったら、ワクチン接種した牛や豚を殺処分できるかというと、そういうことは法律に書き込まれていない。補償の問題もある」

「とにかく法律を改正しないと状況に対応できないので、議員立法にした。すぐに取りかからないとダメだと思った」

――なぜ2年間の時限立法にしたのでしょうか。

「正直なところ、あのときはかなり私自身もパニックに陥っていた。二度と起こってはならないことなので、期間をなるべく短く取った方がいいだろうと思い、終息を想定して2年間とした。今では家畜伝染病予防法の本体に取り込む形で引き継いでいる」

――野党議員として歯がゆさはありましたか。

「それはそうだ。発生して、これはどえらいことになると思った。口蹄疫の感染力の強さはみんなよく知っていること。宮崎は牛も豚もいる。豚に入ったらどうなるかはみんなよくわかっている」

「自民党では『これはやらないといけない』となった。特に自民党は畜産部門の層が厚い。畜産のことについては負けないという人材がそろっていた。決して私1人でできたことではない。当時の宮腰光寛部会長がリーダーシップをとってくれて、毎日のようにとにかく議論した。時には午前中やって夕方やるとか」

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