/

東ソー火災事故に学ぶ 高機能化に潜む経験不足の落とし穴

東ソーの南陽事業所(山口県周南市)が2011年11月に爆発火災事故を起こし8カ月が経過した。主力の生産設備は7月上旬までに3分の2が再稼働。供給不足が懸念されたカセイソーダも増産体制が整い、現場は徐々に平穏を取り戻しつつある。残る課題は「二度と事故を起こさない仕組み作り」なのだが、調べてみるとその難しさが浮かび上がる。最大の事故原因が「現場の知識・経験不足」で、処方箋が見つからないのだ。

事故を起こしたのは3系列ある塩化ビニール樹脂原料「塩ビモノマー(VCM)」の生産ラインの一つ。昨年11月13日の午後3時過ぎ、塩酸タンクから白煙が上がったのが確認され、直後に大きな爆発音とともに設備が吹き飛び火が付いた。担当係長が巻き込まれ死亡。消火活動は夜通し続き、翌朝7時すぎに鎮火状態となった。

同ラインは1996年竣工で、40年以上稼働を続けている設備がザラにある化学業界では、真新しいラインに入る。事実、東ソー社内では「グループで最も安全なプラント」と考えられており、ライバル他社のベテラン技術者も事故直後は「原因がまったく想像できない」と首をかしげていた。一部で根強くある「老朽化が原因」との説は当たらないと言える。

では何が原因なのか。外部の専門家を交えた事故調査対策委員会が6月にまとめた報告書によると、事故は半日前に起きた比較的軽微な設備トラブルに対処しているさなかに起きたことが分かる。爆発の約12時間前、一部の設備に付いてる「緊急放出弁」が故障で開きっぱなしになってしまい、生産ラインの配管内の圧力が低下したことから、設備を止めて調べることにした。

トラブル原因を調べるために設備を止めるのはマニュアルに沿った措置で、現場の判断にミスはない。しかし、止めた時間が長すぎた。可燃性のVCMと塩酸が混ざった状態が6時間以上続き、設備内は次第に熱を持ち、最終的には爆発してしまったのだ。

宇田川憲一社長はこう悔やむ。「VCMと塩酸を混ぜると熱を持つというのは化学の基礎知識。ベテラン社員がマニュアルより基礎知識を優先して設備を動かし続けていたら、事故は起きなかった」

今年4月に起きた三井化学の岩国大竹工場(山口県和木町)の爆発火災事故。現在、外部の専門家による原因究明が続いており予断は持てないが、東ソーと同様の「現場の知識・経験不足」を指摘する声が業界関係者から出ている。関東の石化コンビナートで長年勤務するベテラン運転員はこう話す。「設備の不備より人的な作業ミスのほうが大きな事故になりやすい」

 実際、可燃性が高く有毒な物質を多く扱う化学工場には、高圧ガス保安法、消防法、労働安全衛生法による厳重な安全規制がかかっており、規制当局による査察が頻繁に行われている。三井化学の事故設備は、昨年5月中旬から6月にかけて稼働を止め大規模な定期修理をしていた。経緯を見ても、まず工場全体の共通インフラである蒸気設備に不具合があり、この対応で全設備を緊急停止するさなかに爆発が起きた。直接の不具合とは別の場所で事故が起きているわけで、作業ミスの可能性が疑われる。

設備というハードが事故原因であるのなら、安全投資を積み増して最新設備にかえる、警報機やセンサー類を増やすといった対処が可能だ。だが、根本原因が現場社員の知識・経験不足であるのなら、それを教育で補うといった人材面の対応が必要となり、難度は一気に高くなる。

ベテラン運転員からはこんな指摘もある。「昔の石化設備はレーシングカーで、運転員はレーサーだった。今の設備はオートマチック車に進化しており、運転員の技能もオートマチック免許で済む。だが、ひとたびトラブルとなるとレーシングカーに変わり、現場は対応できなくなる」

日本独特の事情もある。海外の化学工場は大規模設備による大量生産が一般的で構造が比較的単純なのに対し、日本の化学工場は多品種少量生産を加速しており、たくさんの設備を何重もの配管でつなげる複雑な構造になっているのだ。原油高騰や円高傾向で国際競争は激化、今後も汎用品を整理して高機能化を目指すのは避けられない。運転員が身に付けなければならない知識やスキルは年々増す一方だ。

対処方法はあるのか。三菱化学は大卒の工場運転員を増やすために、今春から現場の高卒採用を基本的にやめた。住友化学は専用施設で仮想の事故を起こし対応を学ぶ「体感教育」に力を入れる。東ソーは今回、工場マニュアルを一新したが、主眼は「マニュアルを自分たちで書き上げることで単なる知識を血肉にしてもらうため」(宇田川社長)という。

ものづくりを考える上で、安全が品質向上や生産効率より上位の概念にくるのは日本の製造業の共通認識。従業員に危険が及ぶ、工場の近隣住人に迷惑をかけるというのは論外で、社を挙げて安全性の向上に神経を注いでいるのは事実であろう。が、実際には事故は起き、有効な解が見つからない。例えば大学予備校にノウハウを求めるなど、従来の製造業の枠組みを超えて安全にアプローチする時期にきているのかもしれない。

(産業部 石塚史人)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン