「人新世」議論活発に 水の危機回避へ6つの行動
日本総合研究所理事 足達英一郎
今月20日、米オクラホマ州で発生した巨大竜巻。そのインパクトの大きさに、米国のメディアでは、果たして地球温暖化が竜巻の発生頻度や強度に影響しているのかを巡り、多くの記事が出ている。
米航空宇宙局(NASA)の科学者たちが開発した世界的な気候変動モデルをもとに、2007年に発表された報告書では、地球温暖化が竜巻の脅威を増すと予測されていた。今回は多くの記事を見る限り、「巨大竜巻と地球温暖化の因果関係があるとは言えない」という主張のほうが支配的なようだ。
背 景 |
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要 因 |
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水循環系の問題点 |
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しかし、一方で「地球温暖化が干ばつ、熱波、降水量変化をもたらすということは相当程度、ハッキリしている」という記述や「気候パターンの変化はハリケーンの発生頻度に影響を与えている」という指摘が米国においても一般的に見られるようになったという変化は興味深い。
先週後半には、世界の水問題に立ち向かう研究者や政策決定者を集めて、国際水循環システムプロジェクトがドイツのボンで大規模な国際会議を開いた。そのメインテーマは「人新世における水問題」というものだった。
「人新世」とは地学などで最近、用いられるようになった新語で「人間が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった、18世紀後半の産業革命以降の時期」を指す。要するに人間の作り出したダム、灌がい、土地の改変が水循環のあり方を大きく変え、それに気候変動が拍車をかけているというのだ。
地球上の淡水の循環は、きわめて不安定な状態にあるというのが、多くの研究者の共通認識となっている。農業や畜産業が大量の淡水を費消し、地下水のくみあげが地盤沈下をもたらし、土地の改変が多量の堆積物を発生させ水の流れを変え、不適切な灌がいが河川の水を干上がらせている。こうした現象は、単に人々の飲み水や衛生管理の問題にとどまらず、生態系を持続できるかどうかを左右する脅威になっていると警告が発せられている。
今回の会議では、数世代あとまでに、人々の生活が厳しい制約にさらされることは確実だとして、6つの行動を即刻とるように求めたボン宣言を採択した。
6つの行動とは、
(1)国際的な水システムの複雑な性格と、それが現在どう変化しており、将来どう変化していくかを科学者が理解できるよう新たなアプローチを開始する
(2)淡水に関する最高水準の研究を実施し、リスク評価と水循環保護のための戦略策定に結びつける
(3)当該分野に関する次世代の研究者を早急に育成する
(4)最先端の人工衛星技術などを活用して水システムの現状を監視する体制を強化する
(5)従来の高価な工学的対策に替えて、生態系に重点を置いた代替的なソリューションを考える
(6)水関連の施設が革新的方法を採用していく
というものである。15年に国連のミレニアム開発目標を継承する「持続可能な開発目標」に「水に関する安全保障」を盛り込むことも提案している。
中国には「水を治める者は天下を治める」という古いことわざがある。ただ、当時の要請は洪水被害をどのように防ぐかといったものだった。これに対して現在の要請は、地球的な水循環をどう適切に維持するかという点で、難易度は格段に高い。
それでもボンの会議では、世界が適切な水管理のガバナンスを発揮すれば、最悪の事態はまだ回避できるとの前向きな姿勢が支配的だった。「環境ビジネスの海外展開を図る」といった掛け声だけではなく、こうした研究領域での日本の貢献が、より顕在化するよう日本政府の後押しを期待したい。
[日経産業新聞2013年5月31日付]