/

持ち運べるEV・バイオリン演奏ロボ…モノも未来も自ら創る

起業~Start up

社会や経済の閉塞を破るイノベーションの担い手として欠かせない起業=スタートアップ。日本でも変革への挑戦が徐々に勢いを増してきた。いまどこにどんな起業家が生まれ、何を求め動くのか。第1部はハードウエア(ものづくり)で価値創造をめざす人たちを追う。

スマホの次はネット+クルマ

「TypeX」は裏側に4つのタイヤがあり、モーターやバッテリーも内蔵

一見、A4サイズのタブレット(多機能携帯端末)にしかみえない。だが裏返すと4つのタイヤがついている。厚さ3センチほどの本体にはモーターやバッテリーも内蔵する。コードネームは「TypeX(タイプエックス)」。持ち運べる電気自動車(EV)だ。

乗り方はシンプルで、床に置き両足で立つだけ。最高時速6キロメートルで走り、センサーが体重移動を感知して曲がる。「歩く時間を減らせば自由時間が増える」との発想で、空港やテーマパークなどでの利用を見込む。

EVの制御を学ぶ芝浦工大の大学院生、佐藤国亮(24)が、友人の別府泰典(24)からアイデアを打ち明けられたのは2011年夏だった。表面をディスプレーにして好きな映像を表示したり、アプリを使ったりできる「インターネットEV」をつくれないか。別府は当時、コンピューターの歴史を勉強していた。「スマートフォン(スマホ)の次はどうなるか」と考えるうち、次世代のクルマとコンピューターのイメージが交差した。

ココアモーターズは「A4サイズのインターネットEV」の実用化をめざす(佐藤氏=右=と別府氏)

仲間を集め「cocoa motors.(ココアモーターズ)」と呼ぶ開発プロジェクトを始動。別府がネット大手に就職したのを受け、12年秋、佐藤がプロジェクトの代表者を引き継いだ。根幹となる技術の特許を個人名義で出願するところまできた。

次のステップはネット経由で不特定多数からお金を集めるクラウドファンディングサイト、米キックスターターでの資金調達だ。年内にサイトで公開する最新の試作機は、本体がアルミで重さ1800~2千グラムとノートパソコン並み。1回の充電で連続6キロメートル走る。まずは乗り物の用途に絞り、10万円以内での発売をめざす。

実は、佐藤は4月にソフトバンクモバイルに入社する。ココアへの熱が冷めたわけではない。むしろ逆だ。佐藤は言う。「早く実用化するには大手企業と手を組むのがベスト。ソフトバンクは技術も資金もある。パートナーとして孫正義社長にアプローチしたい」。そんな思いを承知のうえでソフトバンクは採用を決めたという。

新たなエリートコース

優秀なエリートの若者ほど起業する――。米国では当たり前の価値観が日本にも浸透してきた。著名大学を出て大企業や役所に就職するだけでは、夢の実現に何年かかるかわからない。起業こそが新たなエリートコース。能力と野心を持つ起業家が、世界にない価値の創造に向け動き出す。

 統計によるとベンチャー投融資も金額、件数とも上向きだ。注目分野はハード。米国でもグーグルやアマゾン・ドット・コムがハード事業に進出した。ネット決済大手ペイパル創業者のイーロン・マスクがEVに取り組むなど、ハードに魅せられる起業家は多い。「ハード・イズ・クール」が世界のうねり。日本も例外ではない。

開発したバイオリン演奏ロボについて話すフェアリーデバイセズの藤野氏(東京都文京区)

東京都文京区。産業用リニアモーターをソフトで制御し、バイオリンを奏でる装置などがオフィスに並ぶ。08年に業務を始めたフェアリーデバイセズの事業目的は「使う人の心を暖かくする技術の開発」。フェアリーは英語で妖精を意味する。

病床の少女を思い

創業者の藤野真人(31)は東大大学院に通う研究医の卵だった。病院での実習中、長期入院する少女と運命的な出会いをする。医療機器に囲まれた手術室で、心の支えは枕元のくまのぬいぐるみだけという光景に心を揺さぶられた。「世界の星空を少女に見せられる機器をつくりたい」。大学院を中退して起業し、タブレットを使ったプラネタリウムをつくった。

年内の発売を目標に、藤野はいまベッドサイドに置く機器の開発に打ち込む。親しみやすい動物の形状で、対話するように音声で操作する。目覚まし時計の設定、エアコンや照明の調節ができる。「スマホ用のソフト開発は誰もがやっている。ハードまで掘り下げなければできないことをやる」と藤野は言う。

10年設立の電動バイク会社、テラモーターズ(東京・渋谷)は13年秋、ハンドル部分にスマホを取り付け、スイッチや地図に使えるモデルの量産に入る。

社員は15人。大手商社の内定を断った若者や、若いころに味わった仕事へのわくわく感を求める二輪メーカー出身のベテランもいる。「日本に面白い企業ができれば、優秀な人材は海外に流出しないはず」。創業者の徳重徹(43)は日本発の成功モデルをめざす。

これまでにない起業家たちの物語。それぞれのページがめくられる。このうねりが、閉塞感の漂う日本の活力になる。=敬称略

企業の少子化脱する時 風起こし成長つかめ

「小さな独創的な企業が成果をおさめる可能性は、日本にもまだまだ十分にあると私は信じている」

ソニーの共同創業者、盛田昭夫氏は1987年の著書「MADE IN JAPAN」にそう書いた。あれから四半世紀。現実はどうだったか。

世紀の変わり目からの数年間、IT(情報技術)分野を中心に、日本も起業ブームに沸いた。時価総額を急増させたライブドアに触発され、若者たちが一獲千金を夢見て独立志向を高めた時期もあった。だが、そのライブドアが事件につまずき、新興企業への期待そのものがしぼんだ感すらある。結局、米グーグルやアマゾンのように世界の先頭でトレンドを生み出す存在は育たなかった。

実は盛田氏が著書を出したころから、日本では起業の件数が廃業数を下回る事態が続いている。1年間に生まれた企業の割合を示す「開業率」は直近でわずか2%で、米国を大きく下回る。一方の「廃業率」は6.2%だ。日本企業の数はこの四半世紀、減少の一途をたどっているのだ。「企業の少子化」が進むなか、突き抜けた存在が登場してこないのも無理はない。

インターネット技術の進歩とスマートフォンの普及がこうした状況を変えるかもしれない。いま再び日本で起業の機運が高まっている。会社設立登記の件数は2009年を底に増加に転じ、12年にはリーマン・ショック前の水準に迫った。斬新なアイデアと信念さえあれば、協力者や資金はネットで集められる。3Dプリンターなどの新技術は「工場」さえネット経由で使える時代をひらいた。

アナログからデジタル、クローズドからオープン。社会や経済のルールが変わり、新たな秩序が生まれる。起業家には刺激的な季節に違いない。

円安・株高を促すアベノミクスは産業界にとって追い風だ。しかし、自ら風を起こさなければ、世界を先導するのは難しい。それこそが起業の醍醐味のはず。既存の大企業も彼らと手を組み、発想や技術を吸収する努力がいる。起業=スタートアップを経済成長にビルトインし、前進するのだ。できなければ、日本に未来はない。

(編集委員 村山恵一)

[日経産業新聞2013年3月1日付]
日経産業新聞の創刊40周年企画の一つとして、1日付から新企画「起業~Start up」を始めました。第1部は、ものづくりに目覚めたベンチャーの動きを3回にわたって紹介します。

すべての記事が読み放題
まずは無料体験(初回1カ月)

関連企業・業界

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン