海洋温度差発電、久米島で始動 クリーンで無尽蔵な再生エネ
海洋温度差発電の世界唯一の実用実証プラントが沖縄本島の西約100キロの久米島で動き出した。島の東海岸にある沖縄県海洋深層水研究所に出力50キロワットの発電プラントが完成、4月半ばから実験を始めた。エビの養殖や野菜の栽培などに海洋深層水を活用している研究所の電源に使うほか、島全体の電力系統にもつなげる。
6月には24時間連続運転に

東シナ海を臨む海岸に建設した発電プラントの1階で、施設の中核部分を手がけた、エネルギーベンチャーのゼネシス(東京・中央)の岡村盡エンジニアリンググループ部長代理が状況を表示するパソコンをにらむ。隣には巨大な取水塔が建ち、ここから深層水と表層水をもらう。
1月下旬から久米島の民宿に泊まり込み準備を進めた岡村氏は「今は発電タービンをチェック中だが、熱交換は順調。6月には24時間連続運転に入る予定」という。深層水の量が変化した時の熱交換器やタービンの負荷など、2年で様々なデータをとる。
海洋温度差発電は600~1000メートル程度の深海の冷たい深層水と表層の暖かい海水の温度差を利用して発電する。沸点の低い熱媒体を表層水で気化させ、タービンで発電、冷たい深層水で液体に戻す。

久米島の場合、深層水研究所が約2キロを超える長さの取水パイプで600メートル強の深さの海底からセ氏8.5度の深層水を取水し、夏で29度、冬で22度程度、平均すると26.5度の表層水を使う。これまで佐賀県伊万里市に佐賀大が持つ出力30キロワットの設備が唯一の実証機だったが、深層水ではなく、人工的に温度差を作り出して実験している。
久米島の深層水研究所は深層水の1日の取水量が1万3000トンと日本最大の規模を誇る。近海に深い海域があり、表層との温度差も大きく、「海洋温度差発電のベストサイト」(佐賀大の池上康之准教授)という。実証実験は40年以上海洋温度差発電の研究をしている佐賀大が技術面で全面協力している。
発電効率のカギを握るのが熱交換に使うチタンプレートだ。複雑な形状に加工する必要があり、日本では神戸製鋼所が強い。米など海外勢がアルミニウムで熱交換しようとしているのに対し、日本の加工技術がリードしている分野だ。さらに同社と佐賀大は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトでさらに効率のいいチタンプレートの加工の研究を続けている。
2000年にオープンした同研究所は深層水を漁業や農業に利用している。沖縄の熱い夏に海水や農地を冷やすのに、深層水をそのまま使ったり、熱交換したりして使うのだ。夏の暑さで弱くなるクルマエビの養殖などに威力を発揮、今では久米島のクルマエビ養殖は島の一大産業に成長した。
さとうきび産業上回る売り上げ
現在、魚の養殖や化粧品、海ブドウ、塩など深層水関連企業の総売り上げは年間20億円。島の最大の産業である、さとうきびの倍以上になった。

ただ、それだけに深層水の利用量も増えている。「夏場の利用は取水の上限に近づいている」(安井理奈主任研究員)状況だ。今後の新規参入に影響が出る可能性もある。
夏は温度差が大きく、発電効率が上がるが、養殖などに迷惑をかけないように実証発電は余った深層水を使う。夏に1日2000トン、冬は7000トン使う予定だったが、実際はフル出力の10キロワット分の深層水を得るのは難しそうだ。
そこでまず久米島では「マルチステージ・ランキンサイクル」と呼ぶ深層水を2回使う方式を採用した。熱交換器の数は増えるが、発電効率は高まる。なにより少ない深層水で発電できる。
さらに検討しているのが、何度も温度差を活用するカスケード利用だ。現在発電で使った深層水は捨てている。しかし温度差発電ではセ氏8.5度の深層水が11.5度、つまり3度上がるだけで、まだまだ冷たい。その冷たい深層水を農業などで再利用しようという考えだ。久米島町がまず新しい植物工場で使おうと計画している。
久米島ではこの実験がうまくいけば出力1メガワット級の海洋温度差発電所を建設したい考えだ。新たな取水パイプの敷設が必要でそれに100億円、発電プラントの建設に約30億円かかるとみている。設備費に50%補助されれば、発電単価は20円を切ると試算している。
町は「次に進むために何としてもこの実験は成功してほしい」(中村幸雄プロジェクト推進室長)と期待は大きい。というのも将来は10メガワットのプラントを建設して「深層水発電をベース電源に、他の再生可能エネルギーを組み合わせて、エネルギーも食料も完全自給する」という「久米島モデル」の構想を描いているからだ。
現在は島内の沖縄電力の火力発電所から電力供給を受けているが、そうなれば沖縄電力に深層水発電所の管理を委託できないかと考えている。
太陽光発電や洋上風力は設置すればすぐに発電を始められるが、天候により発電量が変動するのが難点。その点、海洋温度差発電は、深層水の温度が一定でベース電源に使える上、設備の稼働率も95%以上と高い。
大規模化のメリット大きく
さらに強みなのは「深層水の漁業利用など複合利用ができる」(IHIプラント建設プラント統括部設計部プロセスグループの尾崎誠次長)点だ。海外では海水淡水化のプラントを組み合わせる構想もある。発電だけの他の新エネルギーと違い、複合施設の利用全体で採算性を考えることができる。

近海に海溝を多数持つ日本は無限の資源を持つ。同じ海洋エネルギーでも海洋温度差のポテンシャルは波力の8倍、海流の15倍、潮流の25倍以上とされる。NEDOの調査などによると久米島のほか沖縄は宮古島や石垣島、沖縄本島などが適地とされている。沖縄では岸からの距離が30キロ以内の場所に浮体式の海洋温度差発電設備を設ければ、発電ポテンシャルは約2800メガワットあり、沖縄の総電力需要を賄えるという試算もある。
海洋温度差発電を長く研究する佐賀大の池上准教授も「海洋温度差発電は大規模化するメリットが大きい」と指摘する。
久米島のプラントは横河電機、IHIプラント建設、ゼネシスの共同企業体が建設・運営している。プラント建設の親会社のIHIは、海流発電とこの海洋温度差発電を海洋エネルギー事業の柱に位置付けている。研究が始まったばかりの海流発電より、温度差発電の方が実用に近い。
海洋温度差は沖縄以南の表層水の温度が高い暑い地域の方が効率はいい。このためIHIは太平洋の島しょ国家など日本にとどまらず、「この技術の実用化を急ぎ、将来は10メガワット規模の商用プラントを世界に売り込んでいく」(磯本馨営業本部総合営業部営業グループ主幹)戦略だ。
深層水を沖合で取水する場合は、浮体式の発電設備が必要になる。IHIはこの技術も実績がある。
旧アイ・エイチ・アイマリンユナイテッド(現ジャパンマリンユナイテッド)が外部からの委託で海洋肥沃化装置「拓海」を開発、2000年代半ばに相模湾に設置した。栄養分に富む深層水をくみ上げ、浅い海域に漁場を造成しようと実験した。取水管は5年の実験期間中、損傷することなく深層水をくみ上げた。IHIはジャパンマリンの協力を得て、この技術蓄積を浮体式海洋温度差発電の設計に反映させたい考えだ。
一方、沖合に設備を作ろうとすれば、漁業者などとの関係調整が不可欠だ。この点では昨年政府が動いた。政府の総合海洋政策本部が昨年5月下旬に海洋再生可能エネルギーの実証フィールドを設定する方針を決めた。海中や海上に構造物を設ける海洋発電は漁業や海運などに影響があるため、関係者と事前に調整済みの実証海域を設け実験を円滑に進める。
ハワイと産学官で情報交換

今年3月に波力や洋上風力、潮流、海洋温度差などの発電を実験する海域の公募を開始した。来年度には複数選定する見通し。沖縄のほか岩手や佐賀などが誘致を検討している。
海洋温度差発電については、深層と表層の海水の温度差が月平均値でセ氏20度以上の月が年3カ月以上という条件がついており、沖縄など暖かい地域しか対象にならない。沖縄県も「他の海洋エネルギーも含め、海洋温度差発電は検討している」(天久庸隆商工労働部産業政策課産業基盤班長)と前向きだ。久米島で実証実験を始めた沖縄が手を挙げれば最有力候補になる。
現在、需要が増え海洋深層水の取水が限界に近づいている久米島町も、実証海域の指定は切望している。「実証海域で新しい規模の発電実験が始まれば、取水量の拡大プロジェクトが進めやすい」からだ。
世界を見渡すと海洋温度差発電の研究が盛んなのはハワイだ。ハワイと沖縄はクリーンエネルギー分野で協力関係にあり、中でも海洋温度差発電は、10年から沖縄側と米はハワイ州やロッキード・マーチンなどが産学官によるワークショップを開き、情報交換している。
ハワイや中国ではより大規模な実証や発電所建設が計画されているという。久米島の実験は14年度までだが、連続運転に成功すれば貴重なデータとなる。浮体式を含め、海洋温度差発電はクリーンで無尽蔵な再生エネルギーとして太平洋諸国も注目している。
環境で世界に貢献すべき海洋国家の日本にとって、海洋温度差発電は最も適した開発・実用化テーマの1つだろう。久米島の実験で問題点を一つ一つ解決し、プラントを大規模化し実用化にこぎつける。
ただ、大規模化には数百億円単位の資金がいる。当然参加者はリスクを抱える。技術で世界最先端を走りながら実用化で先を越される事例は、失われた20年でたびたびあった。日本の海洋温度差発電は久米島の実証実験が2年後に終われば次のステップに進むかどうかの分岐点になる。そこから逆算すれば、そろそろ関係者は覚悟を決める時だ。
(産業部 三浦義和)