/

電力自由化サバイバル 中国電が張り巡らす知財の網

今月13日、国会で改正電気事業法が成立した。2016年にも家庭用を含めた電力小売りが自由化される見通しだ。新たな事業者が売電サービスに参入するだけでなく、これまでほとんどなかった既存の電力会社間でも小売りでの競争が始まるかも知れない。戦後、地域独占による10社体制が続いてきた電力業界。自由化の荒波を前に、意外な体質強化策を練ってきた企業がある。スマートグリッド技術など、将来にわたり電力事業に必要と見た知的財産を権利化し、業界随一の知財の網を張り巡らせた中国電力だ。

エンロン日本進出に危機感

中国電の売り上げ規模は、電力10社のなかで6番目。しかし、ここ数年の特許出願件数を見ると、東京電力や関西電力など規模に勝る他の電力会社を圧倒している。東京電力福島第1原子力発電所の事故後の12年は、電力各社と同じように大きく出願を減らしたが、それでも年間100件を超える出願を維持する。

中国電の知財戦略の転換点は03年だった。前年までは会社規模が近い九州電力や東北電力とほぼ同程度の出願数だったが、突如として数を増やし、04年には東電、関電を上回った。この決断の裏に、何があったのか。

2000年代初頭、電力業界を揺るがしたのは米エンロンの日本進出だった。エンロンは00年、山口県宇部市に50万キロワット規模の大型石炭火力発電所を建設し、中国地方を中心に電力の販売事業に乗り出す計画を示した。中国電にとっては強力なライバルの出現だった。さらに、エンロンが日本国内で電力会社の買収を検討しているとの噂も飛び交った。時価総額が比較的安く、関西の大都市圏へのアクセスが容易な中国電が狙われているのではとの懸念も強まった。結局、エンロン自身が01年に破綻し、発電所建設計画は白紙になるが、競争の現実に直面させられた中国電が受けた衝撃は大きかった。

当時、経営企画担当だった山下隆・現会長がこのときに着目したのが知財だった。「規模に恵まれない条件の中では、設備とか資金とかでなく、知的財産を持つことが競争力の源泉になるのではないかと考えていた」(当時から知財政策を担当する味能弘之執行役員)という。

スマートグリッド技術を登録

決断を後押しする事件もあった。当時導入しようとしていたPHSの通信を使った遠隔検針に対し、外部の企業から「特許の侵害ではないか」と待ったがかかったのだ。全電力会社に対し、特許を無効化することを特許庁に申し立て、何とか了承されたが、「(公的な性格の強い)電力事業であっても特許に抵触すれば事業ができなくなるかも知れない。例外ではないということがよく分かった」(味能氏)。同じようなリスクを避けるため、積極的な知財化が必要と判断し、アクセルを踏み込んだ。

特許申請には費用がかかる。現在、国内の特許審査請求には1件当たり11万8000円に加え、細目ごとに1件4000円かかる。年1000件を申請するには1億5000万円近くが必要だ。また、特許の権利は20年維持できるが、そのためには1件あたり年6万円強の維持費も求められる。無用な知財を大量に維持することはコスト面から割に合わない。

 中国電の知財の中身をのぞいてみると、その多くが配電に関わる技術であることが分かる。給配電網の遠隔監視や配電盤技術、電力メーター関連の技術など次世代スマートグリッドを構築する際の核となるような技術の多くを、特許として登録している。

中国電力は送配電に関わる特許を多く保有する(写真は配電網整備の様子)

「顧客情報を管理するための技術が多く目に付く」(パテント・リザルトの伊藤達哉企画チームリーダー)ことも特徴だ。例えば、燃料電池などと電力会社からの電気を併用するエネルギー供給システムの技術。どちらが割安なエネルギーか、規定された間隔で判断し、最適化して供給する仕組みが、10年に中国電の単独特許になっている。ほかの電力会社の特許の多くが機器メーカーなどとの共同出願であるのに対して、中国電の特許は単独特許が中心。機器のスペックなどを規定するのではなく、効率的な使い方やシステムを指すものが多い。

国内で多くの知財を保有するのはエレクトロニクスや自動車の企業だ。国内外のライバルと競争が激しく、新製品や新技術の投入スパンも短いため、自らの持つ製品技術を知財にし、他社がマネしないように守るのが知財の使い方だった。電力業界でも、同じように知財の力は発揮されるのか。

企業間交渉の中で威力発揮

三菱総合研究所グループで知財分析をする知財情報サービスの井上淳一社長は「自由化の結果、競争が激しくなるほど、蓄積した知財のメリットが出る」とみる。自由化後、小売り部門に新たな参入者が現れても、自社の特許を使ったシステムを構築していれば、権利を行使して使用料を得ることができる。また、権利の網をかけることで、誰がどんな特許技術を使って市場参入を見込んでいるかという情報を早期に把握できるアドバンテージも大きい。「これだけの特許を持てば、小売り事業をするのに1つも引っかからないというのは逆に難しい。自分たち(の立場)を守るツールになるはず」(知財情報サービスの松浦泰宏シニア・アナリスト)。

21日には、米アップルが韓国サムスン電子に起こした特許侵害に対する訴訟で900億円以上にのぼる賠償金を命じる決定があった。知財業界の関係者は「訴訟にまで発展する例は氷山の一角、特許の威力は企業間交渉の中で発揮される」という。多くの業界で企業間のクロスライセンスや、特許使用のための金銭の支払いは常に行われている。「特許のタマを多く持っていれば、それだけ多くの選択肢を持つことができる」(井上社長)。

早い時期に競争の危機に迫られたからこそ、生まれた中国電の知財戦略。スマートグリッド関連技術は開発のスピードが速く、技術の陳腐化も早い。せっかくの知財も力を発揮するタイミングを失えば、その価値は薄れてしまう。10年前の決断を強みとして生かせるか。自由化前夜、仕掛けた網の引き上げ方も試されている。

(産業部 宇野沢晋一郎)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン