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発電所バルブで世界をリード 岡野バルブ「炎の魔術師」の活躍

東日本大震災で世界の発電インフラ産業は一変した。原子力発電所の休止でフル稼働・再稼働を続ける火力発電所で使われる岡野バルブ製造のバルブ。原発向け売り上げが多く「原発銘柄」とされるが、高温・高圧用の特殊バルブは、中国などアジアで新設ラッシュが続く火力発電所向けでも引き合いは強い。海外でも「発電所の高性能バルブは岡野製を使いたい」という声が多い。その強さは、スクラップから自前で高度な鋳物を作る技術に加え、過酷な条件に耐える弁の擦り合わせ面の加工技術だ。世界的に見ても、炎を巧みに操る数少ない職人にしかできないとされる。まさに「炎の魔術師」が「世界のオカノ」を支えている。

岡野バルブでの鋳込み作業の様子

まず、岡野バルブの強さを理解するには、バルブの素材の鋳物部品を製造する行橋工場(福岡県行橋市)に行ってみれば良いだろう。その一角には、鋳造工程で不可欠な木型が大量に保管されている。その数、2棟で計3500個。中には数百万円する木型もある。すべてバーコードで履歴を管理している。それでも過去5年分程度しかない。それは世界にバルブを100万台以上供給してきた同社の歴史そのものだ。

岡野バルブは1926年、当時輸入に頼っていた高温・高圧バルブを国産化しようと北九州市門司で創業した。37年には西部共同火力(現九州電力)に国産第1号として主蒸気弁などを納入。戦後は63年に日本原子力発電の東海発電所に原子力用弁を納めたほか、液化天然ガス(LNG)用弁など、様々な用途の弁を開発してきたバルブのパイオニアだ。

「品質は素材から」と戦前から自前で鋳鋼設備を持ち、64年に行橋工場に8トンのアーク炉を設置した。その炉は耐火れんがを毎年代え、改修を繰り返しながら今も現役。真っ赤に溶けた鉄を取り鍋に注ぐ。クレーンで取り鍋を鋳物の砂型の上に持ってくると、3人から5人がかりで少しずつ流し込む。温度が下がって7~8%縮む分と、冷えた部分から鋳物が劣化しないよう、余計に流し込み、後で余った分を切断する。

鋳造工程で不可欠な木型の山が大量に保管されている

アーク炉の横にはスクラップがうずたかく積まれている。スクラップは「1種」と呼ばれる品質が整ったものを使うが、それでも、最終的には溶かしてみないとわからない。高温に強いバルブにするには、クロムやモリブデン、ニッケルなどを添加する。炉でセ氏1700度近くで約4時間加熱する間に、成分を解析、3~4回添加物を入れて成分調整を繰り返す。

成分の分析は装置でできる。しかし、数値を見て、どの添加物を何キロ入れるかは、「熟練工でないと判断できない」(横山芳久行橋工場長)

超々臨界発電など、発電効率を極限まで高める最先端の火力発電所のバルブは、セ氏600度を超える温度と高い圧力に長時間、耐えなければならない。ここが今、高付加価値バルブの課題。

炭素鋼はだいたい430度を超えると急速に強度が下がる。クロムの量を増やすと耐熱性は高まるが、鋳物にした時、クラックができやすくなる。いかに鋳物の品質を安定させるか。研究が量産と並行して続く。

 本社のある北九州市の門司工場にも、岡野バルブのものづくり力の高さを象徴する「究極の現場」がある。流体や気体を通したり、止めたりする、弁の開閉にかかわるバルブの心臓部の加工作業だ。ゴーというガスの音の中で、微動だにせず炎を見つめる溶接工は、実は右手と左足をわずかに動かしている。最も気を使う弁座面のステライト溶着作業だ。弁の擦り合わせ面を強化するため、ステライト合金を盛り付ける。金属をくっつける溶接とは少し違う。

最も気を使うステライト溶着作業

左足で弁を載せた台をゆっくり回転させ、右手の親指でアセチレン、親指と人さし指で酸素の量を調節する。炎の中の炭素の粒子が鋼材に当たると表面の融点が下がる。鉄がわずかに溶け一瞬、表面が濡れたように見える。溶接工はこの「汗ばむ」状態になった瞬間を逃さない。ステライト合金の溶接棒に炎を当て、擦り合わせ面に溶けたステライトを一滴ずつ落としていく。

ステライトは弁の高温の状態を保ったまま、場所を少しだけずらしながら落とす。溶接工は「数十分、大きな弁では数時間、かがんだ格好のまま、一気に溶着を終えないといけない」(南照彦製造部加工課長)。一瞬のタイミングを見極める眼力だけでなく、集中力が続かないと完全な仕事はできない。まさに魔術師のような仕事ぶりだ。

溶着は3つの炎を使い分ける。約3600度の心炎と約2500度の還元炎と、より低い酸化炎だ。アセチレンと酸素の比率を指で調節して、還元炎の長さを3センチ程度に最適にする。還元炎で汗ばみ状態にし、1番内側の心炎で一気にステライトを溶かす。端で見ていても、炎の使い分けは見分けが付かない。「人の経験でやることは、数値では測れないファジーな部分がある」という。現在ステライト作業は10年選手が2人、20年選手が1人。そして「温度管理が難しい」と、昨年入社した若手が跡を継ぐ。

ステライトはコバルトが主成分で、クロムやタングステンが入る。高温高圧に耐える合金として岡野正敏・現社長の祖父に当たる、創業者の岡野満氏が、鉱山の削岩機の工具に使われている硬い合金が使えるのではないかと考えた。

しかし、鉄と成分が異なるので、うまくくっつかず、すぐ取れてしまう。3年かけて溶着技術を自社で確立、32年に世界で初めてバルブの加工で実用化した。これは創業6年後のことだ。当時の国鉄の工場で英製バルブより性能がいいと評価された。満氏は「ステライトは耐摩耗性、耐熱性が高い」と世界中のバルブメーカーにこの素材と溶着方法を伝えた。

 正敏現社長は「当時は今のような世知辛い世の中ではなかった。職人技も含めてそういうものをオープンにすれば、次の新しい技術が出てくると考えたのだろう」と振り返る。ステライトはバルブの世界で標準となり、その後80年近く、これに代わる素材は現れなかった。

現在は生産性の高いプラズマ溶接装置なども使われるが、「プラズマは入熱が大きいので、鉄の側が溶け過ぎてしまう」(江副重幸取締役製造統轄部長)と岡野バルブは今もハイスペックのバルブは、溶接工の手作業だ。溶けた鉄とステライトが混ざると、強度が落ちるからだ。

ステライトを溶着した弁は行橋工場に持って行き、仕上げにかかる。厚さ5ミリ程度に盛ったステライト合金面を3ミリ程度に薄く加工した後、表面を平らにラッピングする。擦り合わせ面がぴたっと合わないと高温の水蒸気などが漏れる。機械でも行うが、高級バルブは最後は人がラッピングシートを付けた器具で行う。

ただ単に平らにするだけではない。熱による金属の膨張まで考えて、内側と外側でごくわずかの高低をつけ、1000分の1ミリの精度を出す。

岡野社長は過去に中国への技術移転の難しさも経験、「一度、中国、アジアに出て行ったら、二度と日本に戻って来られない。北九州にいるから人も定着している」と海外生産する気はない。

同社は鋳造や溶接、機械加工、メンテナンスなどの部門で卓越した技能を持つ社員をマイスターに認定、給与や退職金にも差を付ける。定年後も指導にあたる。若手のメンテナンス習得のための技能研修センターはあるが、マイスターの技能伝承は、選ばれし者の一対一の真剣勝負だ。

門司工場は、JR門司駅前の商店街から50メートルと離れていない。人が行き交う大通りのすぐ横で、世界の発電所で長期間働き続ける、心臓部品が人の手で作られる。決して海外に出ることのない、日本のものづくりの真骨頂だ。

(産業部 三浦義和)

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