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日本の漢方、国際標準化で中国に後れ

専門家に聞く

編集委員 矢野寿彦

漢方を中心とした伝統医学に世界の医療が注目し始めた。米国では国立衛生研究所(NIH)が年間数百億円規模の研究予算を投入、エビデンス(根拠)の立証や人体に作用する仕組みの解明に力を入れる。こうしたなか、中国が知財戦略の一環として中医学の国際標準化を狙っているという。慶応大学医学部漢方医学センター長の渡辺賢治氏は「日本も中国を見習って政府主導で漢方産業育成の視点から攻めていかないと、今後(日本が競争力を失い)大変なことになる」と警鐘を鳴らす。

――そもそも、漢方と中医学は違うのですか。

「漢方医学は中国が本場と考える人は医師にも多いが、実は違う。5~6世紀ころに中国から伝わってきたのは確かだが、徐々に日本化されて、江戸時代に日本独自の医療体系として現在の漢方の原型ができた。中国での伝統医学が中医学で、日本の漢方とは生薬の配合や診断方法がまるで違う。漢方という言葉自体が日本の造語で、中国で漢方と言っても通じない」

――漢方を中心とした伝統医学の世界的ステータスが上がっていますね。

「1990年代以降、欧米で補完・代替医療への期待が高まるなか、伝統医学への関心が高まってきた。米NIHの取り組みはその代表例といえる。現在、世界保健機関(WHO)はICD(国際疾病分類)の改訂作業を進めている。ICDは世界保健の統計の基礎となる分類で、新しくできるICD-11に初めて伝統医学を盛り込む計画が動いている。9月の終わりには、その方向性が決まるだろう」

「こうした世界の潮流をとらえ、経済の視点からしたたかな戦略に打って出たのが中国だ。中医学の国際化推進を目指し、2年ほど前、国際標準化機構(ISO)に中国国内の医療標準を国際標準にするよう提案した。もちろん日本は韓国と一緒になって猛烈に反発した。結局、技術委員会(TC)のなかに新しい委員会(TC249)ができたが、その委員会の正式名称を巡って、まだもめている。中国側が『伝統中医学』、これに対し日韓は『東アジア伝統医学』と表記すべきだと主張している。はりの規格を作るという点までは日中韓で合意したが、医療情報や教育では平行線のままだ」

――仮に中医学が国際標準になったらどうなりますか。

「例えばはり治療でいうと、中国ばりは太くて長い。直接、皮膚にさす。これに対し、日本で使うはりは細くて短い。皮膚にさす際、ストローのような小さな管を使う。米食品医薬品局(FDA)も認可している。中医学が国際標準化されて、日本国内で今の漢方治療ができなくなるわけではないが、将来、海外に普及させていくことを考えると、競争力を失い痛手となる」

「ツムラやクラシエ製薬など日本の漢方の製剤技術(生薬からエキス剤を作る技術)は世界でも群を抜いており、安全性や品質に対する信頼性は高い。この技術力を生かせば今後、急成長していく世界の伝統医学に大いに貢献できるが、中医学が国際標準になってしまうと、それが大きな壁として立ちはだかるだろう」

――「日本政府には漢方を産業として育成していこうとする考えがない」と批判していますね。

「2009年11月の行政刷新会議による事業仕分けでは、処方漢方薬に対する保険適用を外すとの判断が出た。これに対して、3週間で92万あまりの反対署名が集まった。いかに医療現場の実情を理解していないかが露呈された。2年ごとの薬価改定でも一般の薬と同じルールで価格が下がっていくのはおかしい。一般に医薬品は研究開発に多額の資金が必要で、製造コストは安い。一方、漢方薬では原料となる生薬コストの比率が高い。生薬の85%が輸入で多くを中国に頼っており、年々、上昇傾向にあるという。にもかかわらず薬価は下がる。ここ数年でいくつもの漢方製剤会社がつぶれ、製造できなくなったエキス剤もある」

「中国政府には中医学専門の担当者が80人前後いる。韓国も20人前後の行政担当者を抱える。霞が関には漢方の国際化戦略を練る人がいないばかりか、その窓口となる部局すらない。健康・医療を成長戦略にかかげるのであれば、メディカル・ツーリズムのような世界の後追いをする政策に力をいれるのではなく、真の実力を見極めて、漢方という日本型医療を世界に発信していくべきだ」

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