誰かの思いを皆で増幅  柳沢大輔・カヤック社長

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2012/6/30 7:00
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前回は起業時のことを書いたが、そこでは事業についてまったく触れなかった。「何をするかより誰とするか」というキーワードで会社をスタートした僕らは、本当にやることが決まっていなかった。

1996年に慶大環境情報学部を卒業。ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て98年にカヤックを創業し代表取締役に就任。38歳

最初の3カ月は先輩の広告制作会社からサイト開発やウェブプロモーションの企画書作成の仕事をもらった。その3カ月で書いた企画書の数は3人合わせると100以上。この仕事がもらえたのは、僕らがたまたま慶応義塾大学環境情報学部(SFC)の3期生だったからだ。SFCにはインターネットの父と呼ばれた村井純教授がいたり、当時では珍しいホームページを作成する授業など、ウェブを学ぶ最先端の環境があった。

しかし今だから言える話だが、実際のところは、技術責任者の貝畑政徳こそ技術に詳しかったが、僕は卒業後2年間はレコード会社でインターネットとは関係のない仕事をしていたので、会社を立ち上げた後に知識を習得した。もう1人の創業メンバー、受託事業責任者の久場智喜に至っては、卒業してアメリカを2年ほど放浪、帰国後パソコンのスイッチが分からずに出先にいた僕に電話してきたほどだった。

そんな感じでスタートしたカヤックも企画書作成から徐々にサイト制作の仕事の依頼を受けるようになり、1年が経って最初の営業ツールとなる渾身(こんしん)の面白法人カヤックのサイトを立ち上げた。なぜ渾身かというと、同業他社すなわちサイト制作を事業とする会社を徹底的に研究し、どこよりも情報量の多いサイトにしたからだ。

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