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動画配信に挑む孫氏の「ライブ」度

インターネットを使った動画配信市場で「Ustream(ユーストリーム)」という新手のサービスが存在感を増している。高機能携帯電話(スマートフォン)やパソコンのカメラで撮影した動画を、誰でも簡単に全世界に向けて「生中継」できるのが特徴で、米国でまずブレーク。日本でも運営する米ベンチャーにソフトバンクが出資したのを機に利用が拡大、動画配信市場の台風の目になりつつある。

東京・汐留のソフトバンク本社内に開設したユーストリーム専用スタジオからの生放送番組で談笑する孫正義社長(右)

「すべての人にメディアとして動画を生放送できる能力を提供するのがユーストリームだ」。2月2日、東京都内で開いたソフトバンクの2009年4~12月期決算説明会で、孫正義社長は1月末に約2000万ドル(約18億円)で発行済み株式の13.7%を取得したユーストリームの強みをこう強調した。

ユーストリームのサービス開始は07年3月。会員登録したユーザーは自分の「チャンネル」を開設することができ、撮影した映像を世界中のユーザーがスマートフォンやパソコンを通じてリアルタイムに視聴できる。

ミニブログ「ツイッター」と連動しており、自分の番組をツイッター上で事前に告知したり、視聴者が番組を見ながらコメントを書き込んで感想や意見を共有したりすることも可能。すべてのサービスは無料だ。

現在の月間平均視聴者数は全世界で5000万人以上。米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」を使って中継するための専用ソフトのダウンロード件数は年初に150万件を超えた。

当初はイラクに派兵された兵士たちが、米国にいる家族とお互いの顔を見ながら手軽にコミュニケーションをとれるようにという目的でスタートした。創業者3人のうち、2人は米陸軍士官学校出身の元軍人だ。

米国では09年1月のオバマ米大統領の就任演説を中継し、40万人が同時に視聴したことで一躍有名になる。09年7月に中継したポップス界のスーパースター、マイケル・ジャクソンの追悼式は視聴者数が全世界で160万人に達した。

国内でもユーストリームの存在感は急速に高まっている。ソフトバンクは2月の決算説明会に続き、3月28日に東京・汐留の本社で開いたユーザー向けイベントの模様をユーストリームで中継。「ツイッター」で公募した一般客2000人をはるかに上回る5万4000人が視聴した。

地上波のテレビ局も活用に動き出している。毎日放送(MBS)は今春の選抜高校野球の準々決勝と準決勝、決勝の模様をユーストリームでも同時に中継。合計62万人の視聴者を集めた。フジテレビジョンも早朝や深夜のテレビ番組の放送前にユーストリームで関連する番組を生放送し、ユーストリームの視聴者をテレビ番組に誘導する試みを始めている。

ユーストリームが米グーグルの運営する世界最大の動画配信サービス「ユーチューブ」と大きく異なるのは、配信されるコンテンツの大半が「ライブ」である点だ。

 ユーチューブは投稿された動画コンテンツをユーザーが好きなときに視聴する「オンデマンド」が基本。運営する側にとってコンテンツの調達コストがゼロである点は共通だが、ユーチューブの視聴者はほかのユーザーと「同じ時間を共有している」という実感が乏しい。

ユーストリームはテレビ番組の違法コピーなどの権利問題が少ないのも強みだ。ライブ配信はユーザー1人あたりの視聴時間が長くなる傾向があるため、広告媒体としての価値も高いと期待されている。

日本ではドワンゴの子会社のニワンゴ(東京・中央)が運営する動画配信サービス「ニコニコ動画」がライブ配信に力を入れ始めているが、「サービスの中心はあくまでオンデマンド」(杉本誠司ニワンゴ社長)。ユーザーが誰でも自由に生放送できるわけではない点もユーストリームとは異なる。

動画配信サービスの運営企業にとって共通の課題は、視聴者の増加や配信する番組の拡大に伴って増大する通信量をどうやってさばくか。ユーストリームはこの点でも、他社に負けない技術力を持っている。

ユーストリームの本社はシリコンバレーだが、開発拠点はハンガリーの首都ブダペストにあることはあまり知られていない。3人目の創業者、ジュラ・フェヘルド最高技術責任者(CTO)がハンガリー出身という地縁もあるが、ユーストリームの大株主で大手ベンチャー投資ファンドのDCM(旧ドール・キャピタル・マネジメント)幹部は、「ハンガリーでは優秀なエンジニアが低コストで雇えるためだ」と打ち明ける。

ソフトバンク子会社で、国内でのユーストリーム運営に携わるTVバンクの中川具隆社長は、「ユーストリームのネットワークは大発明に支えられているわけではないが、リナックスなどオープンソースの技術をうまく活用し、信頼性の高いネットワークを低コストで構築・運用できている」と評価する。

ライブ配信の場合、視聴者が急激に増える事態を想定し、ネットワークにかかる負荷をどうやって分散するかが安定した配信を実現するカギを握る。先のDCM幹部によると、ユーストリームはこの負荷分散技術に強みを持っているため、世界規模のライブ配信サービスが可能になっているという。

「地上波のテレビ局は免許の枠が限られている上、重装備になりがち。『ウェブ2.0』時代の"新聞"がツイッターだとすれば、"テレビ"がユーストリームだ」。孫社長は2月の決算説明会でこうも言った。90年代に地上波の民放キー局に出資したり、衛星放送事業に参画したりしたものの、いずれも目立った成果を上げることなく撤退した過去を持つ孫社長にとって、ユーストリームへの出資に特別な思いを抱いているとしても不思議ではない。

放送(動画配信)メディアを巡るソフトバンクの主な動き
1996年6月豪ニューズ・コーポレーションと共同で、全国朝日放送(テレビ朝日)の発行済み株式の21.4%を保有する旺文社メディアを417億円で買収すると発表
同上CS(通信衛星)デジタル放送「JスカイB(現スカイパーフェクTV)」参画を発表
1997年3月保有するテレビ朝日株の朝日新聞社への売却を発表
2000年10月スカイパーフェクTVが東証マザーズに上場。以後、保有株を段階的に売却
2005年12月ヤフーと共同で動画配信サービスを手掛ける新会社を設立
2009年4月ヤフーがUSEN子会社のGyaOを買収し、動画配信事業を統合すると発表
2010年1月米Ustreamの発行済み株式の13.7%を約18億円で取得

ネットの普及や通信網のブロードバンド化で、大容量の動画をネットで配信するコストは劇的に低下。ユーチューブなどネット上の動画メディアに視聴者を奪われたテレビ局や衛星放送事業者の多くは苦戦を強いられている。

ソフトバンクは11年7月までにユーストリームの株式を買い増す権利を確保しており、最大で30%強まで出資比率を引き上げる予定。動画配信市場のみならず、既存の放送業界をも変える可能性を秘めるユーストリームを手に入れた孫社長の次の一手に注目が集まっている。

(産業部 小川義也)

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