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社会ニーズ先取り、中小企業に橋渡し 産学連携、新段階に

デザイン系大学が新製品開発で活躍している。中小企業と組んで学生が製品のコンセプトやデザインを提案、日々の仕事で手が回らない中小の企画・開発機能を補う。ただ、原価計算をしていなかったり、1年限りの協力だったりで発売までたどり着かないケースも多い。その中で法政大学デザイン工学部の大島礼治研究室は、社会のニーズを足で聞き取り、必要な技術を探索、製品化できそうな企業を見つけ、販売までこぎ着け、多くの実績を残している。

法政大学の大島礼治教授

「あの時はたいへんだった。ヘルメットは重いし、トイレはないし……」

きっかけは1年前、大島教授が入った飲食店で聞こえてきた若い女性3人の会話だった。

東日本大震災当日、交通がまひし、帰宅困難者があふれた首都圏。家までの道を歩く人は会社からヘルメットを渡された人も多かった。しかし「重いしかさばる。会社のものだから捨てられない」との声。すぐに研究室の女子学生3人が街で聞き取り調査に走った。研究室のOGが帰宅困難を体験した会社の同僚や友人を紹介した。

帰宅困難経験女性へのインタビュー集「100人の真実」はフリーの記述。大島教授は「よくある回答を選ぶ方式のアンケートは傾向はわかるが実態、真のニーズが分からない」という。「生理用品が足りなくなったら心配」「ハイヒールで長時間歩くと靴ずれする」――ヘルメット以外のニーズも次々上がってきた。

法政大の大島研究室などが開発した防災ヘルメットとポンチョ、手前は一緒に納める生理用品などのグッズ

大島教授は商品の実現に向け企業集めに動いた。東芝の家電のデザイン部門から、母校の多摩美術大などに転じた大島氏は2004年に法政大に移った。多摩美時代から新製品を開発した蓄積で200社以上の企業のネットワークがあり、毎年増えている。

今回はかつて共同開発したことのある産業用ヘルメットメーカーの谷沢製作所(東京・中央)と、販売を担当する大日本商事(東京・千代田)を中心に10社と提携、「常に身近に備え、最低限自分の身を守る新しい防災セット」をコンセプトに産学連携が昨年3月にスタートした。

まず、ヘルメットを小さくするため折り畳めるようにする。女性のかばんはけっこう大きいので薄くさえすれば、持ち歩きやすいからだ。

強度を保つために頭の前方から後方にいくにつれて幅が広くなる扇形の板を、使うときだけ曲げて型に入れヘルメットとして使う。樹脂成型で作った試作品は100を超えた。かばんに入るかどうか様々な女性のかばんのサイズを測った。

 折り畳んだヘルメットケースには生理用品や靴擦れが起きた時のばんそうこう、ホイッスル、スマートフォン用の充電器、消臭袋、ヘルメットに付けられる発光ダイオード(LED)ライトなどを入れる。今年の夏以降に発売予定で価格は1万円以内(税別)を想定している。

実はプロジェクトはこれで終わらなかった。帰宅困難女性にヒアリングを続けるうちに「羽織る防災製品がいる」との意見が出てきたのだ。羽織る目的は3つある。まず災害時にすぐ簡単にかぶれること。より大事なのは女性がそのまま屋外で小用が足せることと、授乳ができることだ。大きなポンチョが女性のプライバシーを守る。

防災ポンチョは首の後ろに緩衝材を入れた。逃げる時は前かがみになりやすいが、その時に落下物があると頸椎にダメージを受けるからだ。600グラムの軽さで丸めて収納できる。試作品はできた。

大島研究室が開発した荷物をひったくられないためのカバー

大島研究室は近く、自転車のかごから荷物をひったくられないようにする布製のカバーも発売する。布の下部にシリコンをテープ状に印刷し、その摩擦でカバーを引っ張られてもかごの端にひっかかって中身がとられない仕組みだ。魚を捕まえる投網の動きからヒントを得た。

大島教授に言わせると防災セットに対し「これはお遊び系製品」。しかし、この開発には4年かかっている。最初に開発に関わった学生はすでに卒業、100を超える試作品の山の中からついに売れる商品を作り込んだ。製造コストを考えてシリコンを印刷する布は中国企業への委託だ。

大島研究室の主力部隊は院生ではなく学部の毎年10人程度の4年生。3年生は4年を助ける存在だから、実質的な戦力は1年間でころころ変わる。学生は3年でほとんどの単位を取り、4年は卒業制作となる製品開発プロジェクトにかかりきりになる。とはいえ「継続案件も多く、入れ替わるメンバーで製品のレベルを毎年上げるのは一苦労」という。

15日午後、東京・市ケ谷の研究室に感染予防用マスクを共同開発するプロジェクトの報告会が開かれた。パートナーは病院の感染防止対策を広く手がけるモレーンコーポレーション(東京・中野、草場恒樹社長)。

「マスクはとかくフィルターの性能が注目されるが、顔にフィットして隙間がないことが大事」という草場社長の要望に応えて学生が使ったのがモーションキャプチャー技術。学生らの顔に多数のマーカーを付け、アイウエオとしゃべった時、笑ったり、しかめ面の時など、口や顔がさまざまに動いた時の筋肉やあごの変化を計測した。

 医師や看護師向けの事業が中心の同社だけに草場社長は「この手法は画期的。医療の世界はエビデンス(根拠)がベースだから、科学的根拠が示せるのは説明しやすい」と評価する。

マスクの上に目を覆うアクリルのカバーで簡易ゴーグルを取り付ける提案もマスクとゴーグルのアタッチメントが重要で、光造形機でいくつも試作した。

モーションキャプチャーで顔の動きを計測した

大島研究室の報告会は学生の教育の一環というよりあくまで、新製品を作る議論の様相が強い。この日も大島教授は「モーションキャプチャーの準備時間をもっと短くしてデータをたくさんとれないか」と指示、モレーンの草場社長には「今年はペースを速めて、年内には完成度の高い試作品までこぎつけたい」と語った。

折しも中国の深刻な大気汚染で微小粒子状物質(PM2.5)の飛来が問題になる中で、より効果が高いマスクの開発が続く。

1月29日に開かれた第1回東京ビジネスデザインアワードの最終審査会。「東京のものづくり企業にデザインの力を」と、都が始めたのは自社商品を持とうとする中小企業の挑戦をデザイナーが助けようという試みで、プロのデザイナーを押しのけて最優秀賞を受賞したのが「養殖中のマグロを保護するための光る網」。板橋区の企業が持つ微小なLEDチップを縫い込んだ電子繊維技術が核だが、実はこれを提案したのは大島研究室の学生だ。

漁業業界向けの提案で、これから外部と数年の共同開発が必要。他の提案がほとんど日用品関連だった中で、中小企業が期待する最終消費者向け商品ではない。しかし、審査委員会は「光る網はスケールが大きく、ビジネスを作るメッセージ力が強い」と評価した。

光る網のプロジェクトは最優秀賞の100万円の賞金を得て、「光でできることは他にもあるのではないか」と光でプランクトンを集めたり、紫外線で養殖かきを殺菌したりするなどあらゆる可能性を模索している。

「企画部すらない」中小は製品のデザインだけ提案されても、市場調査や販促などが不得手だからうまくいかないことが多い。そこで「デザイナーの職域を広げ、企業が持つ要素技術から事業モデル、販売手法まで事業全体をデザインしてもらう」(都)形が重要となる。

大島教授は「もう形そのもののデザインは中国などの新興国に任せるべきではないか。我々は社会が抱える様々な問題を単に研究対象にするだけでなく、企業と組んで製品やインフラに落とし込む」と指摘している。

(産業部 三浦義和)

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