2019年9月18日(水)

ドイツ製鉄の名門が陥った企業統治のわな

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2013/2/19 7:00
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ドイツ製鉄大手のティッセン・クルップが揺れている。前期に大幅赤字を計上し、初の無配に転落。世界の製鉄業界の競合で後手に回り、経営のかじ取りに問題があったと指摘されている。日本のお手本と紹介されることが多いドイツのコーポレートガバナンス(企業統治)だが、経営の監督はどんな形でも容易ではないのかもしれない。名門のつまずきはそんな論争を引き起こしている。

ドイツの製鉄業といえば、北西部のルール地方を思い浮かべる人が多いだろう。ティッセン・クルップはその中心都市の1つ、エッセンに本社を構える。1811年創業のクルップと1867年創業のティッセンが、1999年に合併して誕生したドイツ製鉄業界最大の企業だ。鉄鋼のほか、プラント、エレベーター、自動車部品、潜水艦なども手掛けている。

昨年末、ティッセン・クルップは2012年9月通期決算が47億ユーロ(約5800億円)の最終赤字になったと発表した。赤字の出方が問題で、ほとんどは米国とブラジルに製鉄所を持つ米州製鉄事業に起因する。米州事業は今秋までに買い手を見つけて手放すほかに道はない。欧州を本拠地にする会社で唐突な印象を抱くかもしれないが、合併後の経営陣の描いた戦略がその背景にある。

新たに船出した00年代、世界の製鉄業界ではオランダのミタル・スチールが積極的な買収で業容を拡大していた。05年、カナダのドファスコがルクセンブルクのアルセロールによる買収の標的になると、ティッセン・クルップは「白馬の騎士」として対抗。だが、価格のつり上げ合戦の末に逃げ切られる。ミタルはそのアルセロールをものみ込んだ。

米州の大型投資を進めたエッケハルト・シュルツ前社長はかつて「ティッセンとクルップの合併は15年遅かった」と語ったことがある。世界の粗鋼生産量で順位を落とし、米州や新興国の需要を取り込もうと製鉄所建設に躍起となる。アルセロール・ミタルの誕生で拍車がかかったのは想像に難くない。そこへ08年秋のリーマン・ショックが襲った。ドイツの製造業は需要低迷に苦しんだが、シュルツ前社長は北米などの需要に期待して投資を継続。しかし、北米ではゼネラル・モーターズ(GM)が経営破綻するなど見通しは暗転する。費用も膨れあがった。

これらはいっときに起こったことではない。現地メディアでは「なぜ時宜を得たコントロールや人事の刷新ができなかったのか。それも監査役会の仕事のはず」(シュピーゲル)という厳しい声があがる。シュルツ氏とともに批判の矢面に立ったのがゲアハルト・クロンメ監査役会長だ。1989年にクルップの社長となり、ティッセンとの合併を主導。01年から経営監督の責任者である会長職にある。

ドイツの株式会社は、業務を執行する「取締役会」と経営を監督する「監査役会」の2つのボードを持つ。社長・最高経営責任者(CEO)にあたるのは取締役のトップの社長だ。監査役会は、業務に直接関わらない会長のほか、他社の経営者、株主、労組・従業員代表などで構成し、社長ら取締役の人事は監査役会が指名する。会長とCEOは区別され、チェック機能が働くとされている。

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