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ルネサス"官製再生"早くも停滞

編集委員 安西巧

政府系ファンドの産業革新機構によるルネサスエレクトロニクス支援が昨年12月10日に公表されてから5カ月余り。三千数百人の早期退職者募集をはじめとする追加リストラ策発表(今年1月17日)、赤尾泰・前社長の更迭と鶴丸哲哉取締役の社長昇格(2月22日)と、再生へ向けて動き出したかに見えるルネサスだが、「新社長はショートリリーフ」と社内外で受け止められるなど、経営陣に依然求心力が働かない。当初、9月末までとされた革新機構の出資は早ければ5月中に前倒しされる見通しだが、世界のライバルメーカーを相手に"生き馬の目を抜く"といわれる半導体業界で「経営の空白」は数々の機会損失を伴わずにはいられない。懸念された「お役所ペースの再建」は早晩新たな壁に突き当たる可能性が高い。

「ともに再生へ向けて頑張ろう」

ルネサスエレクトロニクスの鶴丸哲哉社長

4月1日の入社式で鶴丸社長は34人の新入社員を前にこうあいさつした。

1月末に社長抜てきを打診された際には「頭が真っ白になった」と就任後のインタビューで打ち明けた鶴丸氏は、どんな会社にしたいかと問われると、「顧客に愛される会社にしたい」「従業員が明るく働ける会社にしたい」と答えている。

昨年10月の約7500人の早期退職者を含め、今年9月末までの1年間で1万人を超える従業員が会社を去ることになりそうな同社にとって、主力生産拠点の工場長を歴任し、現場を支える第一線の社員たちと酒を飲みながら「苦しいだろうが一緒に頑張ってほしい」と言える経営トップは、ある意味では貴重な存在かもしれない。

しかし、2010年4月の会社発足(NECエレクトロニクスとルネサステクノロジが合併)以前から数えると、今期(14年3月期)を含め9期連続の最終赤字計上が確実視されている同社では、すでに現場の頑張りで業績を回復させる段階を通り過ぎているといえる。

本来、半導体メーカーは典型的な「装置産業」であり、生産量が拡大するにつれて固定費が下がり、販売額が損益分岐点を超えると利益が飛躍的に増えていく。要するに、高い市場シェアを持ち、価格決定権を握れば面白いようにもうかる。ところが、ルネサスは自動車用マイコンで42%、汎用マイコンで27%の世界シェアを握りながら、赤字体質から脱却できないでいる。

その理由としてまず、部門別に収益力の凹凸が激しいことが挙げられる。確かに、マイコン部門は利益を上げているのだが、もう一つの主力事業であるSoC(System-on-a-Chip、システムLSI)部門がそれを上回る損失を生み出している。外資系証券アナリストの推計では、12年3月期のマイコン部門の営業損益は約350億円の黒字だったのに対し、SoC部門は約1100億円の赤字。売上高はマイコン部門の3363億円に対し、SoC部門は2012億円。売り上げ規模で3分の2未満しかない事業が3倍強の赤字を出しているわけだ。

2番目の理由としては、そもそも日立製作所、三菱電機、NECの3社のシステムLSI事業の寄り合い所帯である同社は生産部門優位で、販売・マーケティング部門の発言力が弱かった。顧客企業に要請されるまま、手間のかかる特注品を低価格で納めることが多く、「ルネサスの製品は品質ではどこにも負けない高水準なのに、それに見合う価格を受け入れてもらう交渉力がない」(業界関係者)といわれた。こうした下請け体質が強いため、顧客企業からは「愛されるメーカー」(同)なのだという。

昨年夏、債務超過転落回避のために当時の赤尾社長が米有力投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)に出資要請をした後、自動車メーカー幹部が猛反発したといわれる。一時は双方が合意し「ルネサス経営権取得へ、KKR1000億円出資案提示」(12年8月29日付日本経済新聞朝刊)とまで報じられたにもかかわらず、その後自動車業界からの要請を受けた経済産業省が巻き返しに動き、最終的に革新機構と自動車、電機などの顧客企業を中心にした8社連合による計1500億円の第三者割当増資の引き受けが決まったのは周知の通りだ。

内訳は革新機構が1383.5億円で、別に500億円の追加出資を検討するとの含みを持たせたほか、企業連合8社で合計116.5億円(トヨタ自動車50億円、日産自動車30億円、デンソー10億円、ケーヒン10億円、パナソニック5億円、キヤノン5億円、ニコン5億円、安川電機1.5億円)となっている。バブル期に信用不安に陥った銀行を支援するために大蔵省(現財務省)が主導して金融界に広く資金負担を求めた「奉加帳方式」を連想させる。

ただ、銀行救済には「金融システムの維持」という大義名分があったが、ルネサス救済はどうなのか。霞が関や永田町では「日の丸半導体を守れ」「日本のものづくり産業の危機」といった掛け声が飛び交った。しかし、同じフレーズで進められたエルピーダメモリの救済(09年に改正産業活力再生法認定で300億円の公的資金投入)は3年足らずで破綻。政府保証をしていた280億円は国民負担となったうえ、会社更生法を申請したエルピーダの再建スポンサーには米半導体大手マイクロン・テクノロジーが決まった(今年2月28日に東京地裁がマイクロン傘下での更生計画を認可)。「日の丸半導体」の旗はむなしく破れ、おまけに280億円の国民負担が生じたが、エルピーダ救済を主導した経産省で担当者が厳しく責任を問われたという話は聞かない。

ルネサスもエルピーダと同じ道を歩む可能性を否定できないが、それ以前にルネサス救済には市場のルールを踏みにじることになりかねない危うさがある。それは、第三者割当増資に加わった企業連合8社がルネサスの顧客であり、出資の理由の一つとして「値上げされると困る」(大手電機メーカー首脳)という本音が漏れてきているからだ。そもそも部品メーカーと完成品メーカーは対等であり、かつ価格交渉などを巡って緊張関係にあるべきなのだが、日本の産業界では得てして部品メーカーに従属性を求め、利益を度外視しても顧客企業の要望に応じることを美徳とする風潮が強い。

「顧客に愛される会社にしたい」という鶴丸社長の姿勢が何より、赤字にあえぐルネサスの体質を象徴している。自動車メーカーがKKRのルネサス支援を嫌ったのは、こうした日本の製造業のカルチャーを突き崩すことを恐れたからに他ならない。高度成長期以降、株式持ち合いが一般的だった日本の市場では有力な取引先に自社株を持ってもらうことに何のためらいもなかった。顧客企業との取引が増えると業績が良くなり、配当も増え、株主に還元できる。ただ、これは取引が十分な利益を伴う場合に限る。

グローバル化で競争がし烈になると、利益の出ない赤字の取引も増えてくる。ルネサスに当てはめると、今回出資した8社が半導体の値下げを要求し、ルネサスがそれに屈してしまえば赤字はますます拡大して無配が続く。8社にとっては、本業のために値下げを求めれば出資の配当が望めなくなるという「利益相反」の状況に陥る。米欧のビジネス界では市場原理に反する「利益相反」を問題視する傾向が強いが、日本では見過ごされることが多い。

ルネサスエレクトロニクスの臨時株主総会の会場入り口(2月22日、川崎市中原区)

ルネサスの従来の株主にとって、今回の救済劇はどう評価すべきだったのか。1500億円もの第三者割当増資は発行済み株式の約300%の希薄化を招く。2月の臨時株主総会では「世界的に高いシェアを持つマイコンがあるのになぜこれほどの資本増強が必要になったのか」「主要取引先が株主になるとさらなる値下げを求められるのではないか」――といった批判を込めた質問が相次いだ。

昨夏、赤尾社長(当時)の支援要請を受けたKKRが東京のルネサス本社に送り込んできた外国人10人の査定チームには、5人の社長候補が含まれていたという。KKRはオランダのフィリップスの半導体部門を分離・独立させたNXPセミコンダクターズを傘下に収め、成長軌道に乗せるなど半導体分野の事業再生で実績があった。仮に、ルネサス支援を昨年中に決めていれば、「ショートリリーフ」と呼ばれる社長を介することなく、間を置かずに新しい最高経営責任者(CEO)による再生計画をスタートさせたに違いない。ちなみに、NXPセミコンダクターズジャパンは昨年7月、元NECエレクトロニクス社長で、合併後11年6月までルネサスエレクトロニクス会長を務めた山口純史氏を同社会長にスカウトしている。

増資引き受けで69%の筆頭株主となる革新機構は払い込みを終えた段階で経営陣を刷新し、外国人社長を迎える可能性もあると一部で報じられている。そうなると「一刻も早く再生を果たすのが責任」と語っている鶴丸社長の言動は宙に浮く。革新機構の能見公一社長は支援を発表した昨年12月の記者会見でも発言が遠慮がちで、経産省の慌ただしい要請で泥縄式に事態が進んだことを連想させた。

革新機構が投じる1383.5億円は巨額だが、エルピーダの時と同様に焦げ付いても誰も責任を問われないのならば、投資の成否に対するスタンスはおのずと甘くなる。何のための官民支援か。それが外資アレルギーや日の丸技術の流出防止という排他的な目的ならば論外だ。

前述のように、KKR傘下のNXPセミコンダクターズジャパンは山口氏を会長に迎えただけでなく、昨年11月にはルネサスエレクトロニクス販売元第一営業統括部長の原島弘明氏を社長にスカウトした。このほか、米サイプレスセミコンダクタは昨年6月にルネサスエレクトロニクス元執行役員の山田和美氏が日本法人社長に就任したと発表。また、米半導体大手フリースケール・セミコンダクタは自動車用マイコンで日本市場に攻勢をかけるため、日本子会社の営業・開発担当者を15年までに11年比7割増の70人に増やす方針で「ルネサスを早期退職した技術者がターゲットになっている」と業界関係者は指摘している。

エレクトロニクス分野で日本メーカーは苦戦を強いられ、雇用吸収力はこのところ減衰の一途。半導体産業でも韓国、台湾などのアジア勢や欧米メーカーの攻勢が目立ち、ルネサスを離れた人材に外資メーカーが門戸を開いている。それでも「日の丸製造業を守れ」と巨額の公的資金が日系メーカーに注ぎ込まれる。国策支援が健全な競争社会を阻害しがちなことを忘れてはならない。

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