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米アップル参入で花開く電子書籍市場

出版社や書店、著者の取り組み加速

米アマゾン・ドット・コムが電子書店を開設してから4カ月が経過した。6日には米アップルも有料販売を国内で開始し、いよいよ日本でも電子書籍が本格的な普及期を迎える。売り場拡大を受けて出版社も取り組みを加速。電子書籍専用に書き下ろし作品を発売する動きが広がる。作家は読者拡大の好機とみて新たな表現方法を模索する。欧米より5年遅れとされる電子書籍市場が一気に花開こうとしている。

「アップルの電子書店向けの準備に1年半を費やした。アニメや音を採り入れた新しい形の小説を作りたかった」。作家の村上龍氏はアップルが「iブックストア」を開店するやいなや、でき上がったばかりのオリジナル作品を一気に3点も投入した。

アップルのタブレット(多機能携帯端末)「iPad(アイパッド)」の登場に表現の場として可能性を感じた同氏は、自ら電子書籍を刊行する会社を2010年に設立。数作品をこれまでに完成させたが、そこで得たアイデアを惜しみなく今回投入した。いずれも過去に発表済みの小説にデジタルならではのエッセンスを加えた。例えば「心はあなたのもとに」では重要な意味を持つメールの内容をポップアップさせてアニメで表示。「縦書きの小説を読み進める読者の意識を邪魔せずに、横書きのメールの文面を自然な形で見せられるか何十種類も試した」(村上氏)という。

大手出版社の角川グループホールディングス(GHD)はノンフィクション作品「Amazonの3.11」を電子書籍専用に7日に刊行した。さまざまな電子書店で買うことができる。アマゾンの電子書店「キンドルストア」の場合、ランキングは発売から6日がたったが11位と好調。人気の秘密は、書き下ろしだったことに加え文量が少ない代わりに100円にした大胆な値付けにある。

角川GHDが電子書籍向けに文芸で書き下ろし作品を投入するのは今回が初めて。この作品が第1弾に選ばれた理由は、東日本大震災後にアマゾンが行った復興支援活動の舞台裏をいち早く読者に届けたかったためだ。アマゾンが当時、IT(情報技術)を駆使して避難所にいる被災者に避難物資が届きやすくする取り組みに力を注いだことはあまり知られていない。

「防災意識が高まる3月11日前に読者に広く知ってもらいたかった。ただ企画が持ち上がったのが昨年12月。紙の書籍では新書なら6カ月はかかってしまう」(編集を担当した角川書店の菊池悟氏)。そこで電子書籍だけに刊行する前提で作業工程を見直したところ、2カ月で読者の手元に届けられることが分かった。通常の新書の4分の1程度の文量に抑えて"破格"の100円に設定。体裁や値付けの自由度が高い電子書籍の利点を生かし、多くの読者に買ってもらうことを優先した。

 「デジタル優先」の動きは出版業界全体に広がる。講談社も菅原雅雪氏の新作コミックを電子書店限定で発売した。さらに入手困難な絶版本を2012年に電子書籍で復刊。交流サイトで候補作品を募り、これまでにネット競売で定価の数倍の値が付く皆川ゆか氏の作品など6作品を刊行した。小学館も料理のレシピ本を2012年から電子書籍専用にすでに4点刊行している。

書き下ろし小説を複数回に分けて順次配信する新しい試みも始まる。中堅出版社の幻冬舎は小路幸也氏の長編小説「旅者の歌」を1日から5回に分けて3月中に刊行を開始している。1回目は無料で2回目以降は315円と買いやすい価格にした。雑誌に近い連載形式をとることで、気軽に読み始めてもらうのが狙い。

著者や出版社の熱の入った取り組みを支援しようと電子書店側もさまざまな知恵を働かせる。後発となったアップルは、音楽配信サービス「iTunes(アイチューンズ)ストア」で楽曲を購入するのに近い、簡便な購入手順を導入。無料で配布する電子書籍閲覧アプリを入手すれば、スマートフォン(スマホ)の「iPhone(アイフォーン)」やiPad上で1クリックで電子書籍を購入できる。直後にダウンロードが始まりすぐに読書を始められるようにした。

新たな書籍の出合いも演出する。スタッフがお薦めの書籍をテーマ別に紹介。例えば「読者のおすすめ」「文学賞受賞作品」「ティーン向けフィクション」「今月の新刊」などがある。「映画化タイトル」では映画になった原作本とその動画コンテンツを併せて紹介。音楽・動画・書籍全てを配信するアップルならではの強みを生かし、リアルな店舗の書店とはひと味違った"陳列"で読者の気を引こうとする。

先行するアマゾンは値引きで応酬。「Kindle本セール」の名称で一部書籍を割引販売する常設コーナーを設けている。1週間ごとに作品を入れ替え、紙の価格の半額のものや中には7割引きの場合もある。例えば13日時点では、誉田哲也氏の小説「国境事変」が紙より58%安い300円で買うことができる。同社は「Kindleセレクト25」と呼ぶ10%のポイント還元が受けられるコーナーも用意している。

「電子書籍元年」とされた2012年度の国内電子書籍市場は、調査会社インプレスR&Dによると前年度比13%増の713億円になる見通し。16年度には2千億円に急伸すると同社はみている。電子書籍先進国の米国では、全出版物のうち電子書籍の売り上げが占める割合が既に約2割に達した。一方、日本の出版市場は8年連続でマイナス成長が続く。5年遅れで本格普及が始まった日本でも電子書籍がけん引役になれば、出版全体の活性化につながる可能性がでてくる。

(産業部 高田学也)

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