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東電の悪夢、問われる原発の合理性

吹き飛んだ2兆7000億円弱

産業部編集委員 安西巧

茨城県東海村の実験炉で日本最初の原子力発電が実施されたのは1963年10月。以後、半世紀近くになる国内原発史上で最悪の事故を起こした東京電力が窮地に陥っている。予想される巨額の損害賠償負担に対する懸念から株価が暴落。社債市場では東電債のデフォルト(債務不履行)の可能性まで取りざたされている。「優良企業」の代名詞だった電力最大手を襲った突然の信用瓦解。福島第1原子力発電所の対応を含め、先行きは依然不透明だが、原発ビジネスの合理性を一気に失わせるほど事故のインパクトが大きかった。国のエネルギー政策とともに電力会社の事業体制も見直しを迫られることは避けられそうもない。

ストップ安の362円で取引を終えた東京電力の株価(5日午後、東京・八重洲)

東日本大震災発生前日の3月10日、東電の株価終値は2153円だった。11日の地震発生が金曜日の大引け14分前だったため、動きが出たのは週明けの14日以降。福島第1原発では1号機(12日)、3号機(14日)、2号機(15日)と次々に爆発し、4号機も15日に火災を起こした。株価は16日に1000円を割り、30日に500円割れ、4月6日には一時300円を下回った。11日の終値は500円。株式時価総額は震災前の3兆4599億円から8035億円に急減。企業価値で2兆6564億円が吹き飛んだことになる。

株価急落の背景には、原発事故のエスカレートとともに「数兆円」といわれる賠償問題の浮上があり、そこに格付け会社による格下げが加わって東電の信用不安に拍車が掛かった。同社の有利子負債は7兆6211億円(2010年9月末時点)、このうち社債の発行残高が約5兆円を占める。震災後、社債流通市場では東電債の国債に対するスプレッド(上乗せ金利)が上昇。残存10年物で震災前は0.1%だったものが先週半ばには2%強にまで急伸した。その差わずか2ポイントとはいえ、5兆円の残高からみれば1ポイントあたり500億円が動く計算になる。同社の財務の窮状は想像に難くない。

信用不安の広がりとともに、東電の「国有化」をめぐる発言が飛び交うようになった。みんなの党の渡辺喜美代表が3月24日の記者会見で「(東電の巨額賠償について)一時国有化も踏まえた検討を始めなければならない」と指摘したのに続き、玄葉光一郎国家戦略相も29日の会見で国有化の可能性を問われて「東電のあり方については様々な議論が当然ありうる」と語り、肯定的な発言と受け止められた。

国有化の是非はともかく、事実上は、東電はもはや政府の後ろ盾なくしては信用を維持できないところに追い込まれている。格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は4月1日に東電の長期格付けをAプラスからBBBプラスへと3段階引き下げた。社債が「ジャンク債」扱いを受けないぎりぎりのレベルだが、実はS&Pは同じ発表の中で東電のスタンドアローン評価、つまり政府支援などを考慮しない「単独の信用力評価」を従来のaプラスからbbプラスという投機的水準にまで引き下げてもいる。

「日本政府からの特別支援を勘案しなければ、同社の主要な財務指標やフリー営業キャッシュフローは『BBB』格に見合う水準にとどまらない」とS&Pはコメントしている。少なくとも海外マーケットでは、東電はすでに実質「国有化」された状態とみなされているといえる。

 震災前に東電は2011年3月期業績を連結売上高5兆3850億円、連結純利益1100億円と見込んでいた。10年3月期時点の株主資本は2兆4657億円、株主資本比率は18.7%、営業キャッシュフローは9883億円と1兆円近くもあった。内外の主要格付け会社が東電の長期債にそろってダブルA以上の高い評価を与えていた。そんな「優良企業」をわずか数日で経営危機に追い込んだのが今回の原発事故である。事業者としての同社の責任や国の責任などは今後司法の場に持ち込まれて裁かれる可能性も高いが、おそらく他の電力各社の経営者は東電の現状を横目に見ながら原発事業の見直しを真剣に考え始めているはずだ。

記者会見を終え頭を下げる東京電力の勝俣恒久会長(3月30日午後、東京都千代田区)

これまで原発は安全性に難点はあるものの、燃料コストが安く、経済合理性に優れているとされてきた。だが、今回の事故とその後広範な周辺地域に及んだ数万人規模(半径20キロ圏内だけで約8万人)の住民避難、農産物、海産物への被害、そして「最大10兆~11兆円」(外資系証券会社の試算)ともいわれる補償額を考慮すると、「原発の経済合理性」は説得力を持たなくなる。仮に原子力損害賠償法の下で政府が負担を肩代わりするとしても、その原資は税金であり、「社会のコスト」として果たして国民が受け入れるかどうか疑問符がつく。

なにより、電力会社の経営者が事業上のみならず心理的な"原発リスク"に耐えられなくなる可能性が高い。東電の経営陣は事故発生後の1カ月間、暴落する株価を見ながら株主代表訴訟の悪夢が脳裏をかすめたに違いない。事故のエスカレートによって、もはや資金的にも心理的にも民間企業の経営者が負えるリスクの限度をはるかに超えているように見える。

事故さえ起こさなければ、原発にはまだ合理性が……という議論があるかもしれない。しかし、この10年間を見る限り、その合理性は大きく揺らいでいる。原発1基あたりの建設費は4000億~5000億円で初期投資は火力発電所の1.5倍。これを40年以上長期運転をすればコスト競争力は高いとされてきた。ところが、原発建設には地元対策として巨額の支援事業(例えば、東電が福島県楢葉町・広野町に130億円を投じて建設したスポーツ施設「Jヴィレッジ」)など見えないコストがあるほか、加えて事故・トラブルが余りにも多すぎる。

東電に限ってみても、2002年に原発点検時のデータ改ざんが発覚、翌03年には同社の原発全17基が停止を余儀なくされ、その過程で当時の南直哉社長はじめ荒木浩会長、那須翔相談役、平岩外四相談役の歴代社長経験者4人がそろって辞任を余儀なくされている。

さらに07年の中越沖地震では柏崎刈羽原発1~7号機が全基停止。火災などの被害を受け、08年3月期と09年3月期に合計2500億円の特別損失を計上した。中越沖地震の後遺症は尾を引き、連結純損益も08年3月期は1501億円、09年3月期は845億円のともに赤字。07年3月期に3兆335億円あった株主資本は09年3月期に2兆3786億円と6500億円も目減りした。

これほどやっかいな原発を電力会社の経営者は「国策事業」として背負い続けていくのか。株主は大事故を起こせば株価が暴落するリスクに耐えられるのか。そして危険を覚悟で事故処理に立ち向かう従業員を今後も確保できるのか――。電力会社のステークホルダーだけでなく、国民全体の電力事業への価値観が見直されるべき時期に来ている。

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