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半導体技術者が育てるレタスの味は? 「畑違い」富士通の挑戦

富士通グループが「植物工場」の運営に乗り出す。休眠中の半導体工場を転用し、腎臓病患者が安心して食べられる低カリウムレタスを栽培する。かつて世界をリードした半導体の技術者たちが、今度は「農業の工業化」に挑む。富士通がなぜ、農業なのか。

「どうやったらコストが下がるだろうか」――。

植物工場の事業主体は富士通ホーム&オフィスサービス(富士通H&O、川崎市)。舞台は富士通セミコンダクターの会津若松工場(福島県会津若松市)だ。毎週金曜日、両拠点をつないで開催するテレビ会議は毎回、事業化に向けた議論で白熱する。

会津若松工場は半導体事業の主力拠点だったが、事業縮小に伴い、2012年3月に「2番館」と呼ばれる建屋の生産ラインを停止した。今回、その2番館のクリーンルームを野菜工場に転用する。

潜在市場大きい低カリウム野菜

生産するのは、カリウム含有率の低いリーフレタスだ。秋田県立大学の持つ特許を使い、低カリウム野菜の事業化で先行する会津富士加工(会津若松市)からノウハウの提供を受け、10月に試作を開始。14年1月から量産出荷を始める。

低カリウム野菜は、カリウムの摂取制限がある透析患者、腎臓病患者も安心して食べられる野菜だ。カリウムは野菜の生育に欠かせない要素で、どの野菜にも含まれる。摂取制限がある人は野菜を湯がいて食べる必要があり、生食は禁物だが、低カリウム野菜ならサラダが食べられる。

富士通によると、国内には透析患者は30万人、慢性腎臓病患者は1330万人。世界には推定6億人の腎臓病患者がいる。低カリウム野菜の潜在市場は大きい。しかも、生産しているのはごく一握りの企業だけで、富士通が参入しても野菜農家の市場を奪うこともない。「会津若松工場の有効活用策になるし、東北の復興支援にもなる」(富士通H&Oの今井幸治社長)と、参入を決めた。

生産の現場で先頭に立つのは半導体の技術者たちだ。富士通H&Oの野牧宏治・先端農業事業部企画部長は、富士通セミコンダクターで半導体工場の環境配慮計画の策定や、製造工程の省エネ化などに取り組んできたが、植物工場の立ち上げに伴い、富士通H&Oにやってきた。会津若松工場の製造部長も引っ張り込んだ。

 半導体事業で培った生産管理、品質管理、原価管理のノウハウを野菜工場にどう注ぎ込むか。文字どおり「畑違い」の農業と向き合うことになったエンジニアたちは10月の試作開始を前に、小規模な実験施設での栽培を始めた。

経験と勘によるところが大きい農業。生産性を高める「カイゼン」の余地は山ほどある。第1弾の量産規模は出荷ベースで1日3500株。1株あたりの作業にかかる工数や時間を減らせば、工場全体では大きな生産性向上になる。

「種のつまみ方の工夫で種まきのスピードは上がるし、種の置き方ひとつで成長にばらつきが出る」(野牧氏)。最適な空調管理、水やりなど、試行錯誤しながら、最適解を追求していく。順調にいけば、種まきから収穫までの日数を現在の42日から30日まで縮められるかもしれない。

だが、どこまで工業化を追求しても、たどり着けない領域がある。種の品質のばらつきだ。工業製品は同じ品質で大量生産できるが、種は生き物。一つひとつ個体差があるのだという。

ITサービス強化にも照準

最大の課題はコストだ。半導体工場は当然ながら、野菜づくりのために設計されているわけではない。清浄度の高いクリーンルーム、それを支える空調設備。すべてが「野菜にはオーバースペック」(野牧氏)だ。設備を動かす電気代もバカにならない。

低カリウムのリーフレタスは現在、1株480円で売られている。この値段で利益を出せるかがカギを握るが、「まだまだランニングコストを抑える必要がある」(同)。最低限の設備だけを稼働させ、必要にして十分な効果を得るにはどうするかなど、コスト削減のための試行錯誤は続く。

植物工場を始めるきっかけが遊休設備の活用にあるのは事実だが、それだけが理由ではない。もうひとつの狙いは、富士通の本業であるIT(情報技術)サービスの強化だ。

富士通は昨秋、農業経営を支援するクラウドサービス「Akisai(秋彩)」を始めた。農地での作業実績や作物画像などのデータを保存・分析し、収穫量増加や品質向上につなげるもので、施設園芸を対象にしたサービスもある。会津若松工場の植物工場に導入し、データを蓄積することで「植物工場のレファレンスモデルをつくる」(富士通の若林毅・イノベーションビジネス推進本部SVP)狙いもある。

 富士通によると、植物工場は日本全国に127あるが、生産管理の記録は紙ベースで、デジタルデータとしてとれていないところが多いという。会津若松での試行錯誤が貴重なデータとなり、農業クラウドの品質向上につながるわけだ。

「5~10年で大きなビジネスに」

富士通は経営の効率化に意欲的な農業団体や農業法人、流通・外食大手などを主な顧客に想定。農業クラウド関連で15年度までに累計2万件、150億円の売上高を目指す。「引き合いは多く、(目標達成の)道筋はつき始めた」(若林氏)

だが、4兆円企業の富士通にとって150億円は決して大きな数字ではない。それでもなぜ富士通は農業に入れ込むのか。それは、得意とする企業や官公庁向けの情報システム構築だけでは、中長期的な成長が見込めないためだ。

持続的な成長には、ITの活用が進んでおらず、富士通との接点も少なかった新領域の開拓が欠かせない。そこで医療、教育と並び、ターゲットにあがっているのが農業なのだ。山本正已社長は「市場が一気に立ち上がることはないが、5~10年かけて攻めていけば大きなビジネスになる」と、長期戦を決め込む。

「畑違い」の戦いに挑むのは半導体技術者だけではない。富士通グループ全体なのだ。

(産業部 鈴木壮太郎)

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