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IT化、クルマは馬になる

友山茂樹・トヨタ常務役員

日本の交通事故による死亡者数は現在3年連続で年間5千人を下回り、ピーク時の半分以下まで減った。しかし、いまなお多くの人が被害に遭われており、政府は2015年度に3千人以下にする目標を掲げる。

究極の目標はぶつからないクルマ、事故を起こさないクルマをつくることだろう。昨今、IT(情報技術)を用いた安全技術は急速に進化している。例えば車に搭載されたミリ波レーダーやカメラによって障害物を検知して衝突を回避するシステムや、前方車両を安全に追従走行するシステムなどは、一部の市販車両で実用化されている。

ただし、このように車が自らのセンサーで自律的に衝突を回避するシステムだけでは限界がある。人身事故の約半数は交差点での出会い頭や右左折時の事故であり、車のセンサーだけでは物陰から飛び出してくる車や自転車、歩行者を認知するのは難しい。そこで「インフラ協調システム」の展開が期待されている。

愛知県豊田市では、インフラ協調による次世代安全技術モデルの実証実験が今年3月から始まった。事故の多い7つの交差点と、そこを日常的に通過する40台のクルマを対象に交差点での事故を防ぐシステムを検証している。

具体的には信号機等、道路側のインフラに設けられたセンサーが、周囲にいる車、二輪車、歩行者を検知して向かってくる車に電波で知らせる。車側では、その情報と自車の位置、速度から事故の危険を予知し、ドライバーに音声や画面で注意を喚起する。被験者の85%がアンケートで事故抑止の効果を認めており、特に見通しの悪い夜間には役立つとしている。

豊田市の実証実験が、次世代型と呼ばれる理由は、ITS(高度道路交通システム)専用に割り付けられた700メガヘルツ帯の電波を使うことにある。この電波は障害物があっても回り込んで進むため、道路を面で広くカバーできる。

 将来は、車同士もこの電波を用いて、位置と速度データを常時交換し合い、互いに衝突しないように走行することも可能になるだろう。インフラ協調は交通事故抑止に大変有効なシステムといえるが、大きなインフラ投資が伴うと同時に、車側にも専用通信機を搭載する必要がある。普及促進に向けては、官民一体となった具体的なビジョン構築が必要だろう。

さて、これまで述べたような運転支援システムが発展していくと、クルマは完全自動運転になるという見方もある。現に米グーグルが開発しているクルマの自動走行技術が話題になった。自動=安全か否かの議論は別として、完全自動運転がクルマのあるべき姿かというと疑問がある。

クルマに求められる価値は、単に移動手段というだけではなく、運転を楽しむということも重要な要素だ。「Fun to Drive」の魅力を最大化する一方で、交通事故や環境問題などクルマの負の側面をゼロにすることが、これからの車両開発に求められており、ITが貢献すべき領域は大きい。

IT化によってクルマは馬になる、と言うと極端だが、人間の移動手段としては、クルマより馬の方が優れていたという説もある。馬を操る楽しさはクルマに勝るとも劣らず、かつ、馬は障害物があれば自ら避けるし、馬と馬が衝突したなどという話は聞いたことがない。よくできた馬は、騎手にとって頼りがいのあるパートナーともいえる。ITによって、将来のクルマを、よく訓練された馬のような存在にできたら素晴らしいと思う。

[日経産業新聞2012年9月6日付]

 この連載は変革期を迎えたデジタル社会の今を知るためのキーパーソンによる寄稿です。ツイッター日本法人代表の近藤正晃ジェームス氏、東芝・研究開発センター所長の斉藤史郎氏、カヤック社長の柳沢大輔氏、トヨタ自動車常務役員の友山茂樹氏、ネットイヤーグループ社長の石黒不二代氏らが持ち回りで執筆します。
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