指紋が消えた 大辞林編集者が語る「辞書人生50年」

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2013/4/9 6:30
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 毎日、紙をめくり続けると指紋が消えてなくなることがある。「最近、ものがつかみにくくなりました」とは、13日に公開される映画「舟を編む」の原作の中で、辞書作りに明け暮れる主人公の編集者が言うせりふだ。そのモデルの一人とされ、会社の倒産を乗り越え25年の歳月をかけて「大辞林」を完成させた倉島節尚氏に、自らの辞書人生50年について語ってもらった。
現在も辞書にかかわり続けている倉島節尚氏

現在も辞書にかかわり続けている倉島節尚氏

広辞苑に対抗、逆転の発想で臨む

――偶然目にした「英語と国語の編集者募集」という掲示がきっかけで、1959年(昭和34年)三省堂に入社。配属先は三省堂編修所だった。

「大手新聞社の入社試験に落ちた後で、改めて何をしたいか考えていたところでした。大学で古典を学びながら言葉の意味を一つ一つ追っていった経験と、活字の仕事がしたいという気持ちとが結びついて、辞書だと思ったわけです。最初の担当は『明解古語辞典』の改訂で、62年に『明解古語辞典新版』として刊行すると、高校の古語辞典の市場占有率でトップになりました」

――このころ岩波書店の「広辞苑」が目覚ましい売れ行きになり、社内で「広辞苑に負けない辞書を」という声があがっていた。63年、前任者の後を受け大辞林の編集に参画する。

「編集会議は編者の松村明先生(当時お茶の水女子大助教授)と編集者の私を中心に、6~8人ほどで進めました。先生は当時40代半ば、私は20代半ばで、辞書編集としては異例の若手ぞろいでした。先生が提唱したのは『現代人のための総合国語辞典』。それまでの辞書は『挨拶』を引けば、最初に『禅宗で門下の僧と問答をして悟りの程度を知ること』と書かれ、最後に『人と人が出会ったときや別れるときに交わす儀礼的な言葉やしぐさ』と示されています。大辞林はこれを逆転させ、現代の意味から歴史的意味にさかのぼる現代主義の立場をとることにしました」

「方針が決まってからは、項目カードをめくる日々。項目カードは大辞林に採用する項目を選ぶために、既刊辞書の採用履歴などを書き込んだもので、図書館の目録カードくらいの大きさです。35万枚をめくるうちに、指先が擦り切れ指紋が消えてしまいました。『舟を編む』の原作で、主人公が指紋が擦り切れて物をうまくつかめなくなる場面がありますが、モデルは私なのではないかと思ったくらいです」

会社倒産で企画売却の危機、資金調達にも苦心

映画では大辞林をベースに作った「大渡海」が使われた

映画では大辞林をベースに作った「大渡海」が使われた

――三省堂は石油ショックの影響で73年末に一斉値上げを決断。これが「学生の使う辞書の値上げはいかがなものか」と社会問題化した。売り上げも落ち込み、74年11月、52億円の負債を抱え事実上倒産した。

「三省堂が破綻したのは、22万項目の選定にめどがつき、執筆依頼が始まるなど辞書らしい仕事になってきたころでした。弁護士の上野久徳氏(後の三省堂会長)が管財人になり、『大辞林の企画を他社に売却するか、今すぐ中止せよ』との指令が出ました。辞書は先行投資型事業で費用は売り上げを見込んで借金で賄われますが、肝心の商品はいつ発売できるのかも分からない状況。大手出版社に、企画に携わる人間ごと買ってもらう条件で売却をもちかけたこともあったという話を、後になって聞いたことがあります。この交渉は破談になりましたが、仮に話がまとまっても私が他社に行くことはなかったでしょう。大辞林は三省堂で完成させたいという強い思いがありました」

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