2019年6月27日(木)

三宮のJR駅 「三ノ宮」の理由(謎解きクルーズ)
「さんみや」との誤読防ぐ

2014/5/28 6:30
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4月、阪神電気鉄道の「三宮」の駅名が「神戸三宮」に変わった。「神戸の中心だと明確にするため」という。神戸市中心部の駅名は阪急電鉄も「神戸三宮」、JR西日本は「三ノ宮」。JRだけ「ノ」が入る。理由を探ると、他の大都市と異なる街発展の歴史が浮かんできた。

神戸は江戸時代まで小村で、明治初期に整備された外国人居留地を中心に発展した。幕末、米英など5カ国と修好通商条約を結んだ江戸幕府は兵庫、長崎など国内5港の開港を迫られた。兵庫港(現神戸市兵庫区)は平清盛が築いた「大輪田泊」で知られ、日宋・日明貿易や国内航路の主要港として栄えていた。

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しかし、開港したのは東に約4キロメートル離れた神戸港(現中央区)。その近くに居留地が造られた。企業などでつくる旧居留地連絡協議会によると、初代駐日英国大使は兵庫港近辺が「居留地の最適地」と伝えたとされるが、実際にできたのは神戸港に近い「砂地と畑」ばかりの神戸村だった。

神戸の地域史に詳しい園田学園女子大名誉教授の田辺真人さんは「幕府は外国人と日本人がトラブルを起こすことを心配したのだろう」とみる。兵庫港近くは当時、最も栄えた市街地で「2万人の住民がいた」。

実際、衝突も起きている。1868年、備前藩の隊列の前を横切った外国人が斬り付けられた「神戸事件」だ。旧居留地は東西が川、南は海、北は西国街道に囲まれていた。外国人を囲い込むには適した地形だった。

大阪―神戸に鉄道が開通したのが旧居留地建設から6年後の74年。現在の神戸駅に加えて、旧居留地の近くにも駅を造ることになった。

バス停風に言えば「居留地前」。田辺さんは「本来はここが『神戸』になるべきだったと思うが、すでに神戸駅は西側に決定済み。当時、居留地付近の目印になっていたのが三宮神社だったため、神社が駅名の由来になった」と説明する。

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なぜ「三ノ宮」と「ノ」が入ったのか。田辺さんは「よそから来る人には読み方が『さんみや』か『みつみや』か、よく分からない。『さんのみや』と読んでもらうため『ノ』を入れたのでは」と話す。

旧居留地は新しく造成されたため、当時まだ「三宮」という地名は無かった。現在の中央区三宮町は駅よりも後に付けられた。なじみのない駅名を正しく読めるように配慮したのだろう。

その後、太平洋戦争中の神戸大空襲で兵庫駅周辺に広がる旧市街地は甚大な被害を受けた。市庁舎が1957年、現在の旧居留地東側に完成。三宮の発展に拍車がかかり、街の中心が西から東へ移る。県名の兵庫駅でも、市名の神戸駅でもなく、三宮が中心市街地になっていく。

駅名を変えた阪神電鉄によると、県外から訪れた一部の乗客から「神戸中心部の最寄り駅が分かりにくい」との声が寄せられたという。駅と中心市街地が重なる東京駅や名古屋駅などに比べ、どこで降りればいいかはっきりしない、とみられているようだ。

JR西は2007年、兵庫県西宮市の駅名を「西ノ宮」から「西宮」に変えた。地元から「市と同じ表記にしてほしい」と要望があったという。ただ、三ノ宮については、現段階で「ノ」の字を取る計画はないとしている。

三ノ宮駅の1日平均の乗客数は約12万人(12年度)。兵庫県内では最も多い。先人たちの心配をよそに「一番知られている駅」になったともいえる。

(大阪地方部 泉延喜)

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