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ドルトムント、自負に満ちたゴール裏のファン文化

スポーツライター 木崎伸也

スタジアムは不思議な空間だ。ピッチで繰り広げられるドラマはその一つだが、それを取り巻くスタンドにはゴール裏、アウェー席、VIPエリア、おのおのに異なるストーリーがある。

スタジアムの南側ゴール裏はチームカラーの黄色に染まる

特にドルトムントのスタジアム「ヴェストファーレンシュタディオン」(ジグナル・イドゥナ・パルク)の南側ゴール裏は特別な場所だ。通常、大規模スタジアムのゴール裏は1階と2階に分かれている2層構造だが、ドルトムントの場合、下から上までひとつながりの斜面で成り立つ1層構造だ。そこだけで約2万5千人収容できる(全体の収容数は8万1千人)。チームカラーの黄色に染まるため、「黄色の壁」(Gelbe Wand)と呼ばれている。

今回ついに、その夢がかなった

記者としてクラブに取材申請をすると、プレス席が割り当てられるため、なかなか他の場所で観戦する機会はない。欧州サッカーを取材するものとして、一度はヴェストファーレンのゴール裏から試合を見たいと思い続けてきた。

そして今回ついに、その夢がかなった。急きょイタリアで別件の取材が決まり、その前にドイツに寄ってドルトムント―バイエルン・ミュンヘン戦(3月5日)を観戦できることになった。取材申請は間に合わないが、このチャンスを生かさない手はない。ゴール裏のチケットを手に入れ、「黄色の壁」へ挑むことにした。

入念な荷物検査を終えて南側の入り口をくぐると、まず驚かされたのは、至る所が「表現の場」になっていたことだ。スプレーを使ったストリートアートのような絵がいくつも階段に描かれており、裏路地に足を踏み入れたような緊張感がある。トイレに入ると、壁一面にドルトムントをモチーフにしたシールがびっしりと張られていた。こんな芸術的なトイレは見たことがない。

ファンが配っていたフリーペーパー

階段を上がって踊り場に出ると、パーカーを着た若いサポーターが黄色い冊子を配っていた。全6ページをホチキスで留めた手作りのもので、最大のサポーターグループ「THE UNITY」が発行しているフリーペーパーだ。名前は「VORSPIEL」(前奏曲、前座という意味)。ホーム試合ごとに1400部製作しているそうだ。

ウルトラスの日常が詰まっている

ページをめくると写真は一枚もなく、黄色い紙に黒い文字が詰まっており、ぶっきらぼうな紙面である。だが、読み始めると、その世界観にあっという間に引き込まれた。サッカーの世界で、過激なサポーターは「ウルトラス」と呼ばれている。冊子には通常のメディアでは報じられることが少ない、ウルトラスの日常が詰まっていたのだ。

バイエルン戦当日に配られた第129号の冒頭は、こんな文章で始まる。

「残念な2つのニュースから始めなければならない。ひとつはポルトガルのポルトにおける欧州リーグ(EL)の試合で、警察と衝突して逮捕者が1人出たこと。幸い翌日に罰金を払って、彼はドイツに戻ることができた(そのためのお金は、みんなで募金して捻出)。もうひとつはアウェーへの移動中に交通事故が起こり、ラースが入院したこと。ラース、君の1日でも早い回復を僕たちは祈っている」

もちろん熱狂的なウルトラスといっても、試合を離れれば普通の庶民だ。ポルトガルのビールが50セント(約60円)であることに喜びの声をあげ、7ユーロ(約850円)のステーキを「ファンの懐にやさしい」と勧めている。FCポルト―ドルトムント戦の前日には、45分電車で移動してブラガ―シオン戦を観戦したこともつづられている。行間にサッカー愛がにじみ出ている。

家族客多く、世代超えたコミュニティー

スタジアムの階段の壁に描かれたサポーターによるアート

このバイエルン戦の冊子で最も印象に残ったのは次の文章だ。

「ブンデスリーガは世界的なマーケティングのために、ドルトムント―バイエルン戦を『ドイツ版クラシコ』と呼び始めた。人工的な呼び名で、恥ずべきことだ。ドイツにおけるトップクラスの対決であることに間違いはないが、俺たちとってそれ以上の意味はない」

クラシコという名は、本来バルセロナとレアル・マドリードの一戦に使われるスペイン語だ。いくらそのフレーズがわかりやすいからといって、商業的な理由でまねをすることに、ウルトラスは納得がいかなかったのだろう。

ゴール裏に到達すると、そんな彼らのプライドで満ちていた。完全な立ち見の自由席だが、グループごとに縄張りが決まっており、手すり部分にそれぞれのシールが貼ってある。家族客も多く、先に父親と子供が場所を取り、あとから母親、祖父母、友人がやってくる。世代を超えたコミュニティーができあがっていた。

列ごとに鉄の棒で区切られており、そこに人がぎゅうぎゅう詰めになるため、さながら満員電車のようだ。前後左右から体がぶつかり、寒さを感じない。「日本人か」。そう声をかけられると、「カ~ガワ、シンジ~」の大合唱が始まった。

キックオフが近づくと、至る所から旗が立ち上がり、リーダーの声に合わせてコールが始まった。斜面がピッチまで一続きなこともあって、まるで丘の上で集合し、みんなで駆け下りて一緒に戦うような気分になった。この高揚感が、彼らの興奮のリミッターを外すのだろう。

最も効率のいいストレス解消法か

「マフラーの文字がきれいに見えるようにピンと張らなきゃダメだぞ。俺たちの存在を示して、相手のファンを威嚇するんだ」

親切な隣のオジさんが、応援を指南してくれた。コールリーダーが合図したら一斉に拳を天に突き上げろ、歌詞がわからなくてもとにかく声を出せ、と。

歌い、肩を組み、飛び跳ねる。そして時々ブーイング。ゴール裏のシーズンチケットは年間207ユーロ(約2万5千円)。世界で最も効率のいいストレス解消法かもしれない。

ヴェストファーレンの南側ゴール裏には、フットボールの芸術、哲学、感情が凝縮されていた。やはりここは、欧州サッカーのファンなら一度は訪れるべき場所だった。

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