中日・大野、最多勝への道は自分で切り開く
スポーツライター 浜田昭八

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2016/4/11 6:30
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近年の中日は"アラフォー軍団"とからかわれた。落合博満監督のころはベテラン勢が奮闘し、安定した強みを発揮した。だが、そのベテラン勢の奮闘があだとなった。投手の山本昌、川上憲伸、岩瀬仁紀、野手の谷繁元信、和田一浩らが40歳前後になっても第一線で頑張り、チームの新旧交代が遅れた。

若手起用で投手陣のリーダーに

中日投手陣のリーダーにもなった大野=共同

中日投手陣のリーダーにもなった大野=共同

2002年から11年間はBクラスなし。毎年優勝争いに絡んだ中日だが、13年から3年連続でBクラスに低迷した。遅まきながら球団は看板の"レジェンド"をほとんど引退させ、若手起用に切り替えた。チームリーダーも変わり、27歳の大野雄大が新選手会長に選ばれ、投手陣のリーダーにもなった。

大野は11年にドラフト1位で入団した期待の左腕。大学最終年に肩を痛めたため、新人時代は1試合に登板しただけだった。2年目の12年には7月初めから一軍に上がり、4勝をマークした。監督は高木守道に代わっていたが、強打者にも気後れせずに向かう大野の度胸のよさを買った。3年目の13年には10勝(10敗)して主力投手の仲間入り。チームでただ一人、規定投球回に達した。

10勝、ただ一人の規定投球回の実績が、大野の自信を膨らませた。4年目の14年には投手にとって名誉である開幕投手を熱望した。だが、その役は米球界から復帰して3年目の川上に回った。谷繁が捕手兼任で監督に昇格した年である。ミットで感じる感触だと大野ではまだ力不足。開幕の話題づくりという狙いもあったが、ここは川上の経験を買うことになったのだ。

2戦目に回った大野はシーズン初めに3連敗したが、5月半ばから調子を上げて10勝8敗。防御率もセ・リーグ4位の2.89の好成績を残した。セの投手が軒並みに苦しんだパ・リーグとの交流戦でも3勝し、「度胸と制球がいい投手」と評判になった。

5年目、15年の開幕投手は前年に13勝した山井大介だった。大野は2カード目、本拠地ナゴヤドームの巨人戦の第1戦に起用された。戦略的にも営業的にも、敵地での開幕戦に劣らぬ重要な役割。勝利投手にはならなかったが、チームの勝利に貢献した。これで調子に乗り、終盤まで最多勝のタイトルを争って11勝(10敗)を挙げた。防御率もリーグ6位の2.52。3完封を含む6完投勝利、両リーグ最多の投球回207回3分の1が光った。

それでも出来にムラがあり、谷繁監督から全幅の信頼を得ていなかった。「スタミナ、技術、精神面ともに進歩した」と褒められる一方で、9月のDeNA戦で7失点KOを食らったときには「投球に意図が感じられない」と酷評された。前半戦で9勝4敗と健闘しながら、後半戦で2勝6敗と失速したのも、監督は不満だった。

今季、心身ともに万全の準備で臨む

反省を踏まえて、今シーズンは心身ともに万全の準備をして臨んだ。自主トレでは後半戦の失速防止のため、ひたすら体力強化に励んだ。これまでは先輩に連れられてトレーニングしたが、今年はリーダーらしく後輩を伴ってトレーニング地の米国へ向かった。

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