怪物・松坂、復活のカギは「初球ストライク」
ノンフィクション作家 小野俊哉

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2016/4/3 6:30
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プロ野球が開幕した。今年の話題のひとつは「松坂世代」の活躍だ。阪神の藤川球児は米大リーグ、独立リーグを経て古巣の阪神に復帰し、先発として再スタートを切った。メジャー帰りのソフトバンク・和田毅はオープン戦を無失点で終え、ローテーションの中心として期待されている。だが、なんといっても気になるのは本家でもあるソフトバンク・松坂大輔の動向だ。オープン戦で約1年ぶりの実戦登板を果たした後、2軍での調整が続く「平成の怪物」は復活するのだろうか。いや、してもらわねば困る。メジャーでの8年間を振り返りながら、松坂の課題と復活の条件を探りたい。

かつての躍動感からはほど遠く

16日の西武戦に先発した松坂=共同

16日の西武戦に先発した松坂=共同

松坂は3月16日のオープン戦で古巣の西武相手に先発した。投球は2イニング。キレを感じさせるボールもあったものの、ストレートは大半が130キロ台半ばで最速でも142キロ。ワンバウンドや高めに抜けた球も多かった。昨年夏の右肩手術から復活への一歩を踏み出したのは朗報とはいえ、150キロ台半ばを連発していたかつての躍動感からはほど遠いのも事実。ソフトバンクの選手層を考えれば、しばらくはファームに詰めて一歩ずつ階段を上ることになるだろう。

2007年、松坂がレッドソックスに入団したときの熱狂はすさまじかった。入札金と6年契約の年俸を合わせ、当時のレートで約120億円。ライバル球団が「マツザカを打つ」と闘志を燃やせば、レッドソックスのナインは「ならばマツザカの試合は打ちまくって援護する」と興奮したインタビューの応酬が交わされた。

実際、当初の松坂は期待に応える投球を見せた。1年目はシーズンを通してローテを守り、公約通り、打線の援護にも恵まれた。成績は15勝12敗、防御率4.40。ランディ・ジョンソンやグレッグ・マダックスら大投手とも互角に投げ合い、チームのア・リーグ制覇に貢献した。ワールドシリーズでは勝利投手になったばかりか、バットでも適時打を放った。圧巻は2年目だ。開幕から8連勝して18勝3敗、防御率はア・リーグ3位の2.90。「さすがは我らの松坂」とこちらまで誇らしくなった。

ところが3年目の09年、暗雲が垂れこめる。開幕前のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では2大会連続の最優秀選手(MVP)に輝いたが、チームに合流すると打ち込まれ、故障者リスト入りを繰り返すようになった。実は1月の自主トレ中、右足内転筋を痛め、走り込みができない重症を球団に隠しWBCに出場。完治しないままシーズンに突入していたのだ。3年目以降、レッドソックスでの成績は次の通りだ。

09年   4勝6敗   防御率5.76

10年   9勝6敗   防御率4.69

11年   3勝3敗   防御率5.30

12年   1勝7敗   防御率8.28

規定投球回は一度も満たせず、11年にはトミー・ジョン手術(靱帯再建手術)を余儀なくされた。最終年の防御率8.28は、シーズン10先発以上した投手としては、100年以上に及ぶ球団史のワーストを更新してしまった。メッツへ移籍した13年以降の2年間は先発、リリーフともこなしたが、平凡な成績しか残せなかった。最後は敗戦処理に降格し、この年で契約が切れると、どこからもオファーは届かなかった。

四球多く、9回で平均4~5個

松坂の特徴は四球が多いことだ。勝ち星に恵まれたレッドソックス1、2年目でさえ、9イニング当たりの「与四球率」は3.52、5.05。9回を投げると少なくとも3個、平均すると4~5個の四球を出すということだ。1試合で8個という日もあった。

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