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クラリーノ 紳士靴原点 ランドセル成長物語(1)

軌跡

ランドセル市場は年400億~500億円とされ、少子化にもかかわらず拡大が続いている。主因は単価の上昇だ。クラレの調査では2015年の平均単価は4万2000円と10年前の2倍近い。その間、ランドセルは機能やデザインの面で飛躍的な進化を遂げた。そこには関西企業の技術力が宿る。

高単価な商品が売れ筋(高島屋大阪店のランドセル売り場)

「女児向けはファッション化、男児向けは素材の高級化が進んでいる」。最近の売れ筋の傾向について、高島屋大阪店の勅使河原健二バイヤーはこう説明する。女児向けで顕著な多色化、刺しゅうなどの凝ったデザインに欠かせないのが、クラレの人工皮革「クラリーノ」だ。ランドセルの素材はかつて牛革が主流だったが、今は年間100万本程度のうち、7割をクラリーノが占める。

そもそもランドセルの始まりは明治の元老、伊藤博文が大正天皇(当時皇太子)の学習院への入学祝いに贈ったこととされる。富裕層の子弟向けだったランドセルが一般に普及したのは、戦後の高度成長期に入ってから。ランドセルの大衆化の中で登場したのが天然皮革に比べて安価なクラリーノだった。

クラレがクラリーノを初めて商品化したのは1965年。第1弾は紳士靴だった。「軽くて、水に強く、ケアも簡単。モーレツに働く当時のサラリーマンを狙った」とクラレの中村育雄クラリーノ事業部長は話す。第2弾はスポーツシューズだ。かつての世界記録保持者でクラレ所属の寺沢徹選手はアシックスから発売されたシューズをはいてマラソン大会に出場したこともある。現在もクラリーノの用途としてはスポーツ用品が最も売り上げが大きい。

そして1967年、クラリーノのランドセルが登場した。最初に発売したのは東京のメーカーの協和。牛革製に比べて安いだけでなく、本体を軽くできることは、子供の体への負担軽減につながる。

だが「いきなり大ヒットというわけにはいかなかった」(中村氏)。理由は品質。当初のクラリーノは傷がつきやすく、耐久性にも問題があった。現行のクラリーノは小学校の6年間はおろか「素材としては10年間の通学に堪えうる」(中村氏)ほど。誕生から半世紀、そこに至るまでにはクラレの技術者は改良に改良を重ねた。

大阪経済部次長 永井伸雄が担当します。

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