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イチローのバット、再び黒に 背景にアオダモ消滅

スポーツライター 丹羽政善

昨年のキャンプ初日のこと。イチローはグラブ、バットの色を変え、スパイクにいたってはメーカーまで新しくなっていた。

「分かりやすく気持ちを変えられるテクニックではありますからね」。マーリンズ1年目のイチローはあのときそう言ったが、バットの色が黒から白に変わると同時に、材質も硬いがしなやかで弾力性がある北海道産のアオダモから、反発力の強い北米産ホワイトアッシュに変わっていた。今年、再びバットの色が白から黒に戻った。するとイチローはこう説明している。

「去年使ってたのはアッシュなんですよ。タモがないんでね。アッシュって弱いから、欠けるのが早い。白いとそれが見えないんです。黒の方が欠けたことがより分かりやすい」

アッシュからアオダモ、またアッシュ

イチローは、ホワイトアッシュの特性にも触れたが、ここでは「タモがないんでね」がキーワード。以前アッシュを使っていたときとは、状況が異なるのだ。

「実は、2001年にもアッシュを使ってたんですよ」とイチロー。01年のメジャー挑戦を機にアオダモからホワイトアッシュに代えた。米国の気候などを考えたとき大リーガーの大半が使うホワイトアッシュの方が適しているのでは、という考えがあったと聞く。そのメジャー1年目。イチローはホワイトアッシュのバットで242安打という新人シーズン最多安打記録を打ち立て、新人王、ア・リーグ最優秀選手(MVP)を同時受賞するなど、そうそうたる活躍だった。

ただ、2年目、正確には2年目の夏場からアオダモに戻したという。長谷川晶一氏の著書「イチローのバットがなくなる日」に、そのエピソードが書かれている。実はイチローのバットを手がけてきたバット職人の久保田五十一さんが、イチローになぜ変えたのか聞いたのだという。するとこう答えた。

「その理由をお尋ねしてみますと、2年目の夏場に調子を崩されたときに、慣れ親しんだアオダモに戻したら非常にフィーリングがよかったということでした。それからは、ずっとアオダモを使われています」

その後イチローは、アオダモを使い続けた。04年に大リーグシーズン最多安打を記録したときもアオダモだった。ところが………。

先月聞いたときには「全然、(アオダモが)ない」とイチロー。それは安定供給できないという意味かと質問をかぶせれば、「いや、安定ではなく、ないんですよ」と強調した。先ほどの長谷川氏の本のタイトルは「イチローのバットがなくなる日」。10年12月に発売され、数年先にはそういう状況になることを多くの関係者の証言をもとに指摘していたが、その日がもう来てしまったということになる。

温暖化が影響、アッシュも問題抱える

バットが作れる良質の北海道産のアオダモは、残念ながら枯渇した。結果としてイチローはホワイトアッシュに代えたわけだが、実のところ、北米産のホワイトアッシュにも、忍び寄る問題があるよう。

03年、シカゴでオールスターゲームが行われた。取材のため、金曜日深夜の飛行機に乗って、土曜日の早朝、シカゴのホテルに到着。荷物を預かってもらい、近くのコーヒー店で朝食をとりながら読んだシカゴ・トリビューン紙の特集記事は、後々まで記憶に残った。このままいけば、やはりホワイトアッシュも絶えてしまうというリポート。今回、改めて記事を検索して読むと、バットに使える木を探す職人のこんなコメントが載っていた。

「どんどんいい木を探すのが難しくなっている。世界中で同じことが起きていると思うが、もう使い切ってしまいそうだ」

とはいえ10年、20年でなくなってしまうということではなかったが、ここ4~5年で状況が一変した。原因は、アオダモのように良質の木が取れなくなったということではなく地球温暖化が影響しているという。

「サイエンティフィック・アメリカン」という科学雑誌が2年ほど前にリポートしていたところによると、バットに適したホワイトアッシュは主にペンシルベニア州の北東部で生育する。そこは冬になると気温が氷点下となる寒冷地として知られるが、温暖化により同地も例外ではなくなった。結果として、気温が低いところでは生息できなかったアオナガタマムシという害虫が、バットの森と呼ばれる地域に向けて徐々に進出。病害がどんどん北東部に迫っているという。

野球界を挙げてアオダモ残す動きも

同地では、ヒラリック&ブラズビー社が、大リーガーの約半数が使っているとされる「ルイスビル・スラッガー」というバットを100年以上にわたって世に送り出してきた。年間1万2000~1万5000本のホワイトアッシュがバットになっているが、同社によると害虫の被害は「まさに玄関をノックしようとしている状況」という。

外来種のアオナガタマムシは、02年にデトロイトで発見され、07年にペンシルベニア州でも見つかると、今や州内の67郡のうち47郡で生息が確認されている。先ほど触れたように、温暖化に伴い生息域を北へ北へと広げており、根絶に向けた対応が後れればバットの森は死んでしまう。ここ10~15年の勝負だそうだ。

対策として00年代後半から、アオナガタマムシが木の中に産みつける卵や幼虫を攻撃するとされる蜂を森に放し、効果を確かめる実験を重ねている。他にも様々な調査を行い、根絶に力を注ぐ。アオナガタマムシの北上のペースが速いか、対策が功を奏するのが早いか、時間との勝負であることに変わりはないが、効果も表れているとのこと。食い止められない場合、バットメーカーはニューイングランド地方へ移動を迫られるが、バットの性質も変わってしまうため、ジレンマが続く。

アオダモを守りきれなかった日本では今、NPO法人「アオダモ資源育成の会」によって定期的な植樹が行われ、野球界を挙げてアオダモを未来に残そうという動きがある。ただ、アオダモの成長は遅く、バットとして使える太さになるには60~70年という長い年月がかかるため、一度途絶えた供給が復活するには長い年月がかかる。気の長い取り組みだが、それでも「アオダモを残さなくては」という強い思いがそこに透ける。

おそらくイチローが現役のうちにアオダモを手にすることはないだろう。しかし、彼の功績とともにアオダモが語り継がれれば、後世に残す重要性もまた広く認知されるのかもしれない。そしてイチローが声を上げるとき、その動きは加速していく。

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