「決める」7500リットル一気 原子炉へ放水作戦 (あの時)
政治 真価は

2016/3/11 3:30
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東日本大震災による福島第1原子力発電所の事故から5日後の3月16日。北沢俊美防衛相(73)は非常用電源を失った東京電力福島第1原子力発電所3号機の炉心冷却のため、折木良一統合幕僚長(61)に陸上自衛隊による放水活動を指示した。

陸自のヘリコプターが原発近くで海水をくみ上げ、建屋が吹き飛んだ3号機の核燃料プールに上空から放水し、プール内の水位を上げるという前人未踏の任務だった。

作戦は一刻を争った(2011年3月)=自衛隊統合幕僚監部提供

作戦は一刻を争った(2011年3月)=自衛隊統合幕僚監部提供

17日午前7時半。陸自第1輸送ヘリコプター群指揮所の内線電話が鳴り響いた。「ゴーだ」。統合任務部隊司令部からの命令を受け、大西正浩ヘリコプター群長(1等陸佐、49)は隊員らにこう告げた。

前日に別の陸自部隊が放水を計画していたが、3号機の上空で強い放射線量を観測し、16日は任務を断念した。「17日に放水することになった場合は104飛行隊だ」。ヘリ操縦士の山岡義幸2等陸尉(32)はすでに16日の時点で命令を受けていた。「国家存亡の危機」。任務を光栄に感じる一方、見えない「敵」への恐怖を感じた。

午前8時56分、大型輸送ヘリ「CH47」が仙台市の霞目駐屯地から離陸した。大型のバケツを提げ、仙台市などを流れ、太平洋に注ぐ名取川の河口付近で取水した。隊員は2機で総勢9人。被曝(ひばく)を防ぐため、鉛の繊維を織り込んだベストを着込んだ。重量は約20キログラム。動きづらく、視界は狭かった。

普段は飛行中に機上整備員がセンターハッチと呼ばれるヘリの底から顔を出して操縦士を誘導するが、今回はアクリル板でハッチを閉じた。機上整備員の田中健一郎2等陸曹(31)はできるだけ外の景色が見えるように腹ばいになって顔をすりつけた。

現場まで約40分。機内に重苦しい空気が流れた。「原子炉はメルトダウンしているのか」。当時、被曝などの危険から原発内部の状況はほとんど分からなかった。山火事の消火活動で放水には慣れている隊員たちも緊張を募らせた。

不気味にそびえ立つ第1原発。被曝を警戒し、ヘリは地上から約100メートルを飛行した。「ひどすぎる」。上空から見た建屋が徐々に近づいてきた。水素爆発によって分厚いコンクリートが粉々になった跡をさらしていた。

「一発で決めないといけない」。上空の風が強く、水が風に流されやすい状況下で、手に汗握る山岡2尉はこう誓った。「放水」――。午前9時48分、ヘリ内の整備員がボタンを押し、約7500リットルの水が一気に落下した。(肩書、年齢は当時)

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