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琴奨菊に次なる期待 福岡で優勝、地元を熱狂の渦に

まずは前回のコラムで書いた、先場所の優勝予想が外れてしまったおわびから。日本出身力士10年ぶりの優勝にもっとも近い力士に、私はコンスタントに好成績を残している稀勢の里を挙げた。そして、「ほかの日本勢は期待させるまでにも至っていないのが現実」と手厳しく指摘した。それが、フタを開けてみたら、日本勢空白の10年に終止符を打ったのは琴奨菊だった。

琴奨菊の優勝に浅香山親方は「正直、びっくりした」という

琴奨菊、あそこまで変わるとは

それにしても琴奨菊が優勝するとは、正直、びっくりした。私が2011年名古屋場所で引退した後、琴奨菊が入れ替わるように次の秋場所後に大関に昇進した。同じ福岡県出身ということもあって、ずっと「自分の後継者になってほしい」と願ってきた。これまで特別な思いで琴奨菊を見守ってきたのは事実だが、最近は膝や大胸筋などの相次ぐケガに苦しみ、「馬力が落ちた。正直、ちょっと厳しいかな」と思っていた。

それがあそこまで変わるとは。先場所は何よりも立ち合いがよかった。そのあとも休まず攻めて前に出る相撲を取っていた。前に出ながら左を差し、右で抱える自分の形をつくっていた。前半戦からいつもとは明らかに違った。

これも前回コラムで稀勢の里に向けて書いたのだが、力士というのは「ちょっとしたきっかけで変わることができる」のだ。聞くところによると、琴奨菊の転機はかど番だった昨年名古屋場所だったという。7勝7敗で迎えた千秋楽でようやく勝ち越し、なんとか大関の地位に踏みとどまった。

その時に「このままではいけない」と思って奮起し、トレーナーとともに体幹などの強化に励んだという。さらに、当時は結婚したばかりで「ふがいない成績で嫁につらい思いをさせたくない」という気持ちもあったようだ。

琴奨菊の妻も食事面の資格を取ったり、こまめにマッサージをしたりして琴奨菊を献身的にサポートしたという。そこにトレーナーも加わってくれば、当然、本人の意識も変わると思う。

祐未夫人の献身的なサポートで琴奨菊の意識も変わったか=共同

結婚した後に初優勝の共通点

先場所の琴奨菊と、私が00年夏場所で初優勝を果たした時とはいくつかの共通点がある。私も初優勝する約1年前の1999年6月に結婚した。以来、「少しでも嫁(元プロレスラーの西脇充子夫人)にいい思いをさせてあげたい」と思うようになった。

結婚後はケガを未然に防ぐために、嫁いわく「治療オタク」になった。現役力士は車を運転してはいけない決まりがあるので、送迎はすべて嫁がしてくれた。本場所中は帰宅して夕食後の午後8~9時に、自宅から車で40分もかかる行きつけの治療院まで送ってくれた。そこで1時間半ほど不安な箇所をじっくりとケアし、帰宅はいつも深夜になった。それでも愚痴一つこぼさずに毎日送迎してくれたのだから、今も嫁には感謝の気持ちしかない。

寝る前には全身に湿布を貼り、包帯でぐるぐる巻きにしてくれた。結婚前は自分でそういうことはできないから、嫁のサポートは本当にありがたかった。

私生活も独り身だとどうしても乱れが出てくる。外食ばかりになって、自分の好きなものしか食べない。二日酔いするほど飲んでしまうこともある。結婚後は自然にそういうことが減った。

そうすると体が楽になるので、稽古にも身が入るようになる。今日はしんどいから治療に行くのはやめようと思ったときも、「嫁が動いてくれるからやっぱり行かなくては」という気持ちになった。

明らかだったトレーニング効果

前回のコラムでも触れている私の転機となった00年初場所千秋楽の武双山戦後に、嫁をひどく心配させてしまったこともあった。向こうが勝って初優勝し、7勝7敗の崖っぷちだった私は負け越し。ライバル視してきた同じ72年生まれの武双山と残酷なほどに明暗が分かれ、ひどく落胆した。

翌日から1週間の休みは、嫁に言わせれば「抜け殻のようだった」。失意のあまり何もする気が起きず、一日中、ソファに座ってぼーっとしていた。嫁に当時のことを聞くと、私は数日も風呂にも入らず、無精ひげをはやして髪の毛もボサボサのままだったという。「この人、このままダメになってしまうのではないか」と思ったらしい。

1週間の休みが明けて何とか稽古場に下りると、次第に「このままでは終われない」という気持ちになってきた。そこから、それまでやったことのなかったウエートトレーニングを導入するなどして初優勝につなげた。

先場所の琴奨菊も、新たに取り組んだというトレーニングの効果が明らかに見て取れた。昨年名古屋場所に大関の座を綱渡りで維持したことにふがいなさを感じたという琴奨菊も、かつての私と同じような気持ちになったのだろう。そうした末につかんだ初賜杯だったようにみえる。

琴奨菊優勝の引き立て役になった豪栄道(下)。情けなさを晴らすには琴奨菊に続くしかない=共同

日本人大関2人、琴奨菊に続け

琴奨菊が「力士はちょっとしたきっかけで変われる」ことを証明してくれた。次は残りの日本人大関(稀勢の里と豪栄道)がそういう気持ちで稽古に励む番だ。2人とも悔しかったはずだ。稀勢の里はずっと日本勢の優勝候補筆頭と期待されてきたのに、おいしいところをすべて琴奨菊に持っていかれたのだから。

豪栄道も琴奨菊が千秋楽に優勝を決めた時の相手で、引き立て役になってしまった。自分は負け越して、ご当地大阪の春場所をかど番で迎える。きっと情けない思いをしていることだろう。2人がもやもやを晴らすには、琴奨菊に続くしかない。

琴奨菊は今場所、綱とりに挑む。綱とりの場所前はテレビ出演が増え、イベントにも引っ張りだこになる。私はそこをうまく調整できなかったので、綱とりにはことごとく失敗してしまった。琴奨菊は多忙な中でどこまで調整できるか。初場所前と同じような体調や気持ちで今場所に臨めるかがカギを握る。

綱とり以外にも、琴奨菊にぜひやってもらいたいことがある。一度、地元の九州場所で優勝してほしい。私が福岡で賜杯を抱くことができなかったので、琴奨菊にその夢を託したい。熱狂的なファンの多い九州場所で、福岡県出身力士が優勝したらどれほど盛り上がるのだろう。それを見てみたい。角界を大いに盛り上げた先場所の優勝を、単発では終わらせてほしくない。

(元大関魁皇)

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