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「あの時」忘れない… 4000枚の写真が語る大震災5年

2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災は、多くの人の生活を変え、そして東北地方を中心に多くの町の姿を変えた。巨大地震と大津波の発生以降、住む家を奪われた人たちが避難所で身を寄せ合うなか、消防、警察、自衛隊などによる必死の救助・捜索活動が行われ、全国各地から支援物資が届けられた。

巨大地震で津波が押し寄せた後、宮城県気仙沼市市内では大規模な火災が発生した。翌日もあちらこちらで炎が上がっていた(2011年3月12日)

日本経済新聞写真部では、地震の直後から現地に入り、被災した人や町の姿などにレンズを向け、文字通り焦点を当ててきた。ガレキに埋もれた街で肉親を探す人たち。離ればなれで暮らすことになった家族。再建へ向け一歩を踏み出そうとする商店主。自らも被災しながら患者の診察を続ける医師。住民のいなくなった町を彩る満開の桜の木。かさ上げ工事が進み、大きく動き出した新しい町づくり。一方、巨大地震は日本列島全体を揺るがした。交通機関がまひし、東京都心のオフィス街や駅周辺にあふれた帰宅困難者。原発事故による計画停電で街は闇に包まれた。

あれから5年。「あの時」を忘れないために、あらためて写真で振り返ってみませんか。

発生日~2011年3月

~2012年9月

2012年10月~12月

2013年1月~3月

2013年4月~2015年3月

岩手県陸前高田市で最大の避難所、市立第一中学校の体育館。一時1000人以上が身を寄せていた(2011年3月18日)
地震で交通機関がストップし、歩道にあふれる人たち(2011年3月11日、東京都千代田区)
地震の翌日生まれた長男を抱き寄せる三塚美世子さん。3月12日未明、地震による停電で真っ暗な病院の分娩室で、助産師や看護師が懐中電灯を頼りに新たな命を取り上げた(2011年3月14日、仙台市青葉区)
「これで見納め」。家族と過ごした「わが家」に一時帰宅した渡部郁子さん。家の中に干したままの高校時代の制服からリボンを取り出した(2011年11月26日、福島県大熊町)
原発事故で立ち入り禁止の福島県富岡町で満開になった「夜の森公園」周辺の桜(2012年4月19日)

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