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イチロー、逆境を笑えるか 近いようで遠い3000安打

スポーツライター 丹羽政善

グラウンドでの練習を終えたマーリンズのイチローは、バットを手に室内ケージに入った。キャンプイン2日前のこと。例年、ケージで打ち込んで自主トレーニングを締めくくる。その様子をケージの金網越しに見ようとしていたら、中から声が聞こえた。

「どうぞ」

イチローの声である。"中へ"ということのよう。足を踏み入れると、5つある打席の奥から2番目でイチローは、軽くトスバッティングを始めた。イチローにしてみれば、ケージを囲むフェンスに張り付いて見られる方が視界に入り、集中力をそがれるということだったのかもしれない。理由はどうであれ、数メートルという至近距離からイチローの打撃練習に見入る。

Tシャツに「人生は42歳から始まる」

「フン!」。インパクトの瞬間、イチローは声を出す。まるでテニス選手のような声が間近で聞こえる。長く取材をしていても初めての距離である。キャンプイン前日の自主トレでも同じようなメニューをこなし、やはりケージの中へ「どうぞ」。会心の当たりのときは投手を務める練習パートナーから声が掛かり、打ち損じるとイチローが悔しそうな声を上げた。練習とはいえ、空気は真剣勝負そのものだった。

さて、そういう流れで迎えた23日のキャンプ初日。メジャー通算3000安打という記録も含めた大切なシーズンだけに、張りつめたものがあるかと思いきや、本人の表情は朝から和やか。こんなこともあった。

2013年から、イチローはキャンプ初日にユニークなTシャツを着てくるのが恒例となっている。今年はどんなTシャツでくるのか注目され、クラブハウス脇では日本メディアがカメラを構えていた。ただ通路は複数あり、イチローが選ぶ道によっては撮影するのに木が邪魔になる。車を降りたイチローがどのルートを通るのかが問題だったが、なんと撮影には全く障害がない、舗装されていないところを歩いて来たのである。イチローの気遣いだった。

その今年のTシャツだが、イチローを描いたと思われるヘタウマの絵の横には、こんな言葉が添えられていた。

「人生は42歳から始まるんやて」

絵と字を書いたのはお笑いコンビ、ダウンタウンの浜田雅功さん。通常ならネガティブにとられるプロアスリートの年齢を、面白おかしくプラスに変えた。イチローは「解釈はそれぞれ。僕が言うと、一気になんか無粋になるというか、こんなこと言わないほうがいい」と話したが、それでいてうれしそうで、終始、冗舌だった。

そもそもイチローは、毎年キャンプ初日の練習後は気持ちよく話す。今年は例年以上に多弁で、会話を楽しんでいるよう。

3000安打「コメントがすごく難しい」

今回は新しく就任したバリー・ボンズ打撃コーチについていろいろと口にし、昨年得た経験については、少々熱く語っている。

その昨年のシーズン最終戦後、イチローはマーリンズを「びっくり箱」と評した。「途中で監督が代わって、しかもGM(ゼネラルマネジャー)が監督やって、ついたベンチコーチも初めてのコーチで、中はぐっちゃぐっちゃになった」

ただ、そういう状況とどう向き合うかが大切で、イチローはもちろん前向きに捉える。「プラスにできるかどうかは、僕次第。あんな経験、なかなかない。そう考えれば全部プラスになるだろうな、という経験ではあります」

終始笑顔を見せていたイチローも、その後、あと65本と迫った3000安打について聞かれると、少々顔を曇らせた。「コメントがすごく難しい」

こういうことだという。「1番で打ってやってたら、そりゃ2カ月でやるよ、っていうけど、そうじゃないから」

イチローの立場はあくまで第4の外野手。監督が代わり、どんな出場パターンになるのかまだ分からない。監督は疲れを考慮してレギュラーの外野手を交互に休ませながら使い、その場合はイチローをスタメンで起用するのか、あるいはレギュラーを休ませず使うタイプなのか。

その参考になるかどうか、キャンプ前日にドン・マッティングリー監督がこんな話をした。「イチローは外野のすべてのポジションを守ることができる。今年もいろいろなポジションで使う」

その一方、イチローが昨季、チーム最多の153試合に出場し、438回も打席に立ったことについては「彼に多くを求めすぎた」とし、「彼の出場機会を制限する必要はないが、使いすぎないように気をつける」と、どこか線を引いた。

打数は250あるか、200まで下がるか

監督がこう話す限り、昨季と比べてイチローの出場機会が減るのは確実だろう。打数が250前後まで落ちるかもしれない。仮に250打数なら、65安打を打つために必要な打率は2割6分。これなら今年中の3000安打達成は現実的だが、200打数まで下がった場合、3割2分5厘の打率が必要になる。かつてならなんでもない数字だが、打率3割は10年を最後に遠ざかっているだけに、厳しい数字かもしれない。

記録達成はかくも、何回打席に立てるかに左右されるわけだが、現時点ではみえないだけに、イチローも「(控えの)立場の選手がなかなか難しいよね、コメントは」としか言えない。

では、そうした中でイチローは、どうヒットを積み上げていくのか。出場が不定期になると予想される中で、どう状態を保つのか。

そんなときこそおそらく、昨年の経験が生きる。イチローはチーム状態、自分の起用法も含めて、びっくり箱のような状況をプラスに変えた。

それは、浜田さんからの言葉にも通じるところがある。逆境を笑え――。

希代のバットマンがメジャー16年目、日米通算25年目のキャンプで、躍動する。

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