プロ野球キャンプ、バカらしい練習にも意味あり
今年もプロ野球の季節がやって来た。ファンにとっては胸躍る球春だ。しかし現役時代の僕は、キャンプインの2月が近づくと気が重くなっていた。「あ~、オフが終わっちゃう」。日曜日の夕方のような未練と寂しさが入り交じっていた。
プロ野球では春と秋にキャンプがある。秋はシーズンの反省を踏まえ、個人の技術的な課題などにじっくり取り組める。一方、春はといえば開幕に向けたサバイバル。レギュラーを保証された選手以外は、2月1日からどんどんアピールしないといけない。緊張感と不安に付きまとわれることになる。
本州が寒い季節、暖かい沖縄で過ごせることなど何の慰めにもならない。練習後、おいしい食事の店や心を和ませるお姉さんがいる店に出かけても、楽しいのは一瞬だけ。ホテルに帰れば、練習でうまくいかないことやライバルとの力関係に頭を悩ませ、ひとり悶々(もんもん)とすることも多かった。特に印象に残るのがオリックスから楽天に移った1年目。自分の力が落ちてきた自覚もあり、後にも先にもないほど不安が募った。

春のキャンプでは新顔も入る。全員がチームの勝利のために戦うのは確かだが、野球選手が最も恐れるのは、競争に負けて野球ができなくなることだ。各チーム似たり寄ったりの練習メニューでも、ライバルがいるかどうかでキャンプの密度は大きく変わる。
■小力あり強くバット振れる楽天・茂木
引退してから2月はすっかり気楽になった。解説者として各チームのキャンプを回り、若手の成長や奮闘ぶりを見るのが楽しい。今年は2月半ばまでに5球団を視察した。印象に残った選手を紹介したい。
一推しは早大からドラフト3位で楽天に入った茂木栄五郎だ。小力がある。身長170センチそこそこで、あれだけ強くバットを振れる選手はなかなかいない。一方、ドラフト1位のオコエ瑠偉(東京・関東第一高)は「時間がかかるな」という印象。極端にいえば、野球のことを何も知らずに野球をやっている。打撃理論などお構いなしで、ひたすら来たボールを打っていたのだろう。それでも甲子園であれだけ活躍するのだから、潜在能力の高さには驚くばかりだ。現状の未熟さは、計り知れない伸びしろの裏返しととらえたい。
同じ高卒ルーキーではロッテの平沢大河(仙台育英高)の完成度が高い。走攻守と何をやらせてもプロで4~5年やっているような雰囲気がある。小柄だがバットも強く振れる。当面の課題はプロのスピードに慣れること、シーズンを戦う体力をつけることだろう。主将の鈴木大地が守る遊撃レギュラーの壁は高いが、意外と早く出てくるかもしれない。

中日の高橋周平にはもどかしくなる。毎年期待され、試合でも使われているのに、なかなか殻を破れない。打撃投手のボールなど9割はとらえないといけないのに、フリー打撃でもミスショットが多すぎる。スタンドまで届く打球でも、形が良くない。バックスイングでの手の使い方に柔らかさがないのが問題だ。自動車のハンドルに例えればトップでの"遊び"がないから、少しタイミングを外されると対応できない。
周平は高卒5年目。同じく高卒でプロ入りした僕は打てるようになるまで9年かかったから、仕方ない面はある。それでももどかしいのは、彼が天才的な打撃センスに恵まれているからだ。あのバットコントロールは僕などはもちろん、福留孝介(阪神)よりも上だとみている。2年前、同じように伸び悩んでいたDeNAの筒香嘉智がコツをつかみ、一気に開花した例もある。周平にも「その時」がやってくることを願おう。
■ラミレスDeNA、旋風起こす可能性
新監督にも触れておこう。DeNAのアレックス・ラミレス監督は大ざっぱと思われがちだが、実は緻密でメチャクチャ細かい。攻撃面にはあまり注文をつけないが、守りについては相当うるさいようだ。守りのミスが目立った昨季からは大きく方向転換するだろう。ドングリの背比べのセ・リーグだけに、旋風を巻き起こす可能性は十分にある。

阪神の金本知憲監督は最近では珍しいトップダウン型だ。選手に有無をいわせず引っ張っていく。僕の現役時代でいえば、典型が星野仙一監督。何かと決まり事が多く、選手の意見など聞かずに「こうしろ」で終わり。多かれ少なかれ、昔はそれが普通だった。
若い頃のキャンプではバカらしい練習も随分やっていた。例えば延々と続くウサギ跳び。練習の時間や量は当時も今もさほど変わらないが、合理性という点では今の方が圧倒的に優れている。
けれども合理的なら勝てるという単純な方程式が成立しないのが勝負事の難しいところ。土壇場で紙一重の勝負を分けるのは、多くの場合、精神力だ。そんなとき、訳の分からない練習に「なにくそ」と歯を食いしばって耐えた経験がモノをいうことがある。いま思えば、当時のキャンプはそんな「経験」を積み増す役目も果たしていたのかもしれない。
(野球評論家)