五輪のゴルフ出場資格、苦肉の策が生んだ複雑さ
公益財団法人ゴルフ協会専務理事 山中博史
8月に開幕するリオデジャネイロ五輪の出場権を獲得した競技・種目のニュースが、メディアをにぎわすようになりました。ご存じの通りゴルフも112年ぶりに五輪競技になります。

通常、五輪は「世界ナンバーワンのアスリートを決める大会」と位置づけられています。しかしゴルフでは一部選手やファン、メディアから「五輪の価値がいまひとつわからない」「ゴルフの頂点を決めるのならすでに四大メジャー大会があるではないか」という声も聞かれます。その原因の一つとして「出場資格の基準がわかりにくい」ことが影響しているのは否めません。なぜ「ゴルフの出場資格はわかりにくいのか」、いや「わかりにくくなってしまったのか」の舞台裏をお話しようと思います。
■世界66位の片山、五輪ランクは31位
リオ五輪のゴルフの出場資格は次の通りです。
(1)出場選手は男女とも60人。4日間合計72ホールのストロークプレーの個人戦で予選落ちはない。
(2)各国代表の出場選手は7月11日時点のワールドランキング(WR)に基づいて作られるオリンピックランキング(OR)で決定する。
(3)原則1カ国2人までだが、WRの15位以内であれば最大4人まで出場できる。
(4)5大陸(アフリカ、アメリカ、アジア、欧州、オセアニア)で、男女とも最低1人の出場枠を確保する。
(5)ブラジルは開催国として最低1枠を保有する。
例えば2月14日付の男子WRは表1の通りです。これに基づいた男子のORが表2です。
順位 | 選手 |
1 | ジョーダン・スピース(米国) |
2 | ジェーソン・デー(オーストラリア) |
3 | ロリー・マキロイ(英国) |
4 | リッキー・ファウラー(米国) |
5 | ヘンリク・ステンソン(スウェーデン) |
6 | バッバ・ワトソン(米国) |
7 | ジャスティン・ローズ(英国) |
8 | ダスティン・ジョンソン(米国) |
9 | パトリック・リード(米国) |
10 | ブランデン・グレース(南アフリカ) |
11 | ジム・フューリク(米国) |
12 | 松山英樹 |
18 | セルヒオ・ガルシア(スペイン) |
19 | アダム・スコット(オーストラリア) |
60 | ラファエル・カブレラ・ベロ(スペイン) |
66 | 片山晋呉 |
88 | 池田勇太 |
91 | 岩田寛 |
順位 | 選手 |
1 | ジョーダン・スピース(米国) |
2 | ジェーソン・デー(オーストラリア) |
3 | ロリー・マキロイ(英国) |
4 | リッキー・ファウラー(米国) |
5 | ヘンリク・ステンソン(スウェーデン) |
6 | バッバ・ワトソン(米国) |
7 | ジャスティン・ローズ(英国) |
8 | ダスティン・ジョンソン(米国) |
9 | ブランデン・グレース(南アフリカ) |
10 | 松山英樹 |
11 | ダニー・ウィレット(英国) |
12 | セルヒオ・ガルシア(スペイン) |
13 | アダム・スコット(オーストラリア) |
14 | ルイ・ウェストヘーゼン(南アフリカ) |
15 | シェーン・ローリー(アイルランド) |
16 | 安秉勲(韓国) |
30 | ラファエル・カブレラ・ベロ(スペイン) |
31 | 片山晋呉 |
上位8位まではWRとORは同じ顔ぶれですが、WR9位はパトリック・リード(米国)なのに、ORの9位はブランデン・グレース(南アフリカ)となっています。これは米国の選手枠がジョーダン・スピース(1位)、リッキー・ファウラー(4位)、バッバ・ワトソン(6位)、ダスティン・ジョンソン(8位)で、すでに出場資格3が定める「最大4人まで」になってしまっているからです。このため9位のリード以下の米国選手は除外され、WR10位のグレースが繰り上がっているのです。
オーストラリアの場合はジェーソン・デーがWRの2位にいますが、19位のアダム・スコットと合わせて「1カ国2人」の枠が埋まります。それ以降も、すでに出場選手枠を満たした国の選手を順番に除外して、それより下にいるWRの選手を繰り上げてORは構成されています。したがって、OR12位にはWR18位のセルヒオ・ガルシアが入り、WR60位ながらOR30位のラファエル・カブレラ・ベロと2人でスペイン代表となるわけです。
日本勢は松山英樹がWR12位、OR10位で日本代表の1番手になりますが、松山に続くWR上位者は片山晋呉の66位。しかしWRの松山~片山の間の多くの選手が前に説明したような仕組みで除外されるので、ORでの片山のランキングはぐっと上がって31位ということになります。
順位 | 選手 |
1 | リディア・コ(ニュージーランド) |
2 | 朴仁妃(韓国) |
3 | ステーシー・ルイス(米国) |
4 | レキシー・トンプソン(米国) |
5 | キム・セヨン(韓国) |
6 | キム・ヒョージュ(韓国) |
7 | 柳簫然(韓国) |
8 | フォン・シャンシャン(中国) |
9 | 張ハナ(韓国) |
10 | 田仁智(韓国) |
12 | 梁熙英(韓国) |
18 | イ・ボミ(韓国) |
38 | 大山志保 |
39 | 宮里美香 |
57 | 上田桃子 |
59 | 渡辺彩香 |
順位 | 選手 |
1 | リディア・コ(ニュージーランド) |
2 | 朴仁妃(韓国) |
3 | ステーシー・ルイス(米国) |
4 | レキシー・トンプソン(米国) |
5 | キム・セヨン(韓国) |
6 | 柳簫然(韓国) |
7 | キム・ヒョージュ(韓国) |
8 | フォン・シャンシャン(中国) |
9 | ブルック・ヘンダーソン(カナダ) |
10 | スサン・ペテルセン(ノルウェー) |
11 | クリスティ・カー(米国) |
12 | アンナ・ノードクイスト(スウェーデン) |
13 | ミンジ・リー(オーストラリア) |
14 | テレサ・ルー(台湾) |
18 | 大山志保 |
19 | 宮里美香 |
このようにWR上位であっても、同じ国籍で自分よりWR上位者が多い選手はORから除外されてしまいます。逆に、それらの選手よりWRがはるかに下位の選手でも「その国の代表がいない」という理由でORに登録され、五輪に出場できるという構図になってしまいます。

その象徴として取り上げられるのが、2015年日本女子ツアー賞金女王のイ・ボミです。彼女は表3のようにWR18位ですが、WR上位には韓国の強豪がズラリ。7位の柳簫然で「出場は4人まで」の枠が埋まってしまうので、韓国の選手では8番目のイ・ボミは出場できないということになっているのです。彼女が女子WRで韓国勢上位に食い込むためには、日本ツアーよりもWRへの加算ポイントが大きい米ツアーに出るしかない。しかも、7月までに試合で上位入りしないと難しい、という状況になってしまっているのです。
■TV視聴者の「見たい」選手は出るか
なぜこんな複雑な仕組みになったのかというと、「世界にゴルフを普及させたい」と願うR&A(ロイヤル・アンド・エンシェントゴルフクラブ・オブ・セントアンドルーズ)や米国ゴルフ協会(USGA)が中心となっている国際ゴルフ連盟(IGF)と、国際オリンピック委員会(IOC)の意向を調整した結果、いわば「五輪の競技にゴルフを入れる」ための"苦肉の策"だからなのです。
日本では「お金持ちのスポーツ」と思われがちなゴルフですが、世界規模でみるとかなり広い地域に普及しているスポーツです。それはIGFのホームページを開いて、加盟国の数を見ればわかります。私も「こんな国、こんな場所にゴルフ場があるのか」と驚いたことがあります。IGFでは「さらにゴルフを普及させるためには五輪に加わることが必要」と、以前からIOCに働きかけていたのです。
IOCとしても他の競技に比べて多くの参加国が見込めるゴルフは、五輪の趣旨にも合致するとしていました。ただ、正式競技採用に際して最も大きな論点となったのは「五輪ゴルフがテレビ放映権に結びつくコンテンツになるかどうか」といわれています。
五輪には、個人戦と団体戦は別々に行わなければならないというルール(オリンピック憲章)があります。体操や水泳を考えるとお分かりになると思います。もし、国別に団体戦でゴルフを開催した場合、一部の国によるメダル争いになるのは目に見えています。そうなると個人としては強くても国は強くない選手が出場を敬遠し、必然的にゴルフ競技の魅力はなくなり、ギャラリー数やテレビ放映も盛り上がらないということになります。
そこでIOCとしては「ベストプレーヤーが出場する、言い換えればテレビ視聴者が『見たい』と思う選手が出場することを保証できるなら、ゴルフ競技の採用を検討する」という話になったのです。ベストプレーヤーとなると、それはプロゴルファー、しかもWR上位者ということになります。この「ベストプレーヤーの出場を保証」し、かつ「参加国をできるだけ増やす」という条件を満たすために、IGFが考えたのがORシステムなのです。
実は、ゴルフが五輪競技に決まるときに、「世界のベストのプロ選手が出場する」という点については六大プロツアーによって構成するフェデレーションの中で、懐疑的な意見もありました。ゴルフにはすでにメジャー、世界ゴルフ選手権など権威ある大会が多く存在するうえに、五輪は賞金も出ません。そこでR&A、USGA、全米プロゴルフ協会(USPGA)などがアニカ・ソレンスタムやタイガー・ウッズらを五輪アンバサダーとして「五輪にゴルフを」と、盛んにPRさせたわけです。
■ほぼ全選手、ぶっつけ本番でコースへ
こうしてベストプレーヤーが参加する素地をつくり、IOCの要望に応えたのがリオ五輪の競技フォーマットなのです。
具体的には以下の2つで、ともに「テレビ放映のことを考えた競技方法」といえます。
(1)「予選落ちなし」で全選手を最後まで見られるようにする。
(2)競技は個人戦に限定、選手の露出時間を確保しつつ全体の競技時間を短くする。五輪のテレビ中継では長い時間がかかる競技は敬遠される。ゴルフは最低でも4時間かかるが、60人という出場数であればスムーズに運営、進行できる。
現時点でのORをみると、男子は36カ国・地域(4人出場=米国、2人出場=豪州、南アなど22、1人出場=12)、女子は35カ国・地域(4人出場=韓国、3人出場=米国、2人出場=中国、ノルウェーなど21、1人出場=11)が出場し、他の競技ではちょっとみられないほど多彩な顔ぶれになっています。
舞台となるオリンピックコースは選手村から近いバハ地区にあります。14年全米オープンが開催されたパインハーストに似た雰囲気のリンクスタイプで、フェアウエーやグリーンにかなりのアンジュレーションがあります。私も昨年末に現地を見てきましたが、芝張りも終わり、フェアウエーやグリーンの刈り込み作業が進んでいます。すぐにでも試合ができそうな状況です。
距離はそれほど長くありませんが、五輪が開催される8月は現地の冬で、大西洋からの風が強く、ボールコントロールとアプローチ技術がカギになりそうです。リンクスタイプなのでギャラリーを入れるスペースは十分で、現地組織委員会によると、全英オープン並みの1日あたり3万5000人前後を予想しているそうです。
冒頭に書いたように出場が確定するのは7月11日以降です。それから本大会まで1カ月を切っています。出場選手のほぼ全員が、オリンピックコースにぶっつけ本番で臨むことになると思います。
100年以上前の資料は残っていませんし、ほぼ全ての人にとって五輪でのゴルフ競技は、リオが初めてといっていいでしょう。私たちにとっては、リオでの経験を踏まえて、東京五輪に生かしていかなければなりません。五輪を通じて、ゴルフがより多くの国、より多くの人にプレーしてもらえるようになれば……。そんな思いでいっぱいです。