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テニスの母国スターの「予言」的中 M・チリッチ(上)

マリン・チリッチ(27)を国外まで追いかけるクロアチアメディアはほとんどいない。2014年9月、全米オープン決勝で錦織圭(日清食品)にダイナミックなストロークで勝ち、ゴラン・イワニセビッチ以来、13年ぶりに母国に四大大会優勝をもたらした後の記者会見ですら、母国メディアの姿はまばらだった。

7歳でラケットを握り、すぐテニスのとりこに

「経済状況が悪いから仕方ない。準々決勝以降はザグレブ市民の4分の3が観戦、パブリックビューイングもあり、国中が大騒ぎと家族から電話で聞いていた。それだけでうれしい」と、穏やかに笑う。海外にまで観戦に行くクロアチア人は少ないかもしれないが、テニス熱は高い。

トップ選手輩出、国内テニス人気高く

「サッカーが1番人気のスポーツだけど、テニスも3、4番目。個人競技なのに人気が高いのは、次々といい選手が出ているおかげ」。1991年、旧ユーゴスラビアからの独立宣言以来、人口450万人に満たないのに、イワニセビッチやロジャー・フェデラー(スイス)のコーチのイワン・リュビチッチ、マリオ・アンチッチらトップ10選手を輩出してきた。

今もチリッチを筆頭にトップ50に3人いる。ザグレブにある、18コートを備えたナショナルテニスセンター(NTC)には、トップ選手から子供まで、通う人数は「正確に把握できない」とチリッチもいう。

チリッチもそんな熱に誘われ、7歳でラケットを握った。92、94年とイワニセビッチがウィンブルドンで準優勝、独立間もない国は熱狂した。クロアチアに平穏が戻ると、人口5000人もいない、チリッチの故郷メジュゴリエにも初めてテニスクラブが誕生。祖父が経営する農園で働き、家をほとんど離れず、スポーツをしたくてもできなかった父は、子供たちをクラブに入れた。

「すぐテニスのとりこになったし、才能もあると気づいた」。スポーツ好きな国柄、チリッチはサッカー、バスケットボールにも明け暮れたが、テニスは特別。14歳以下クロアチア代表として欧州2位となると、NTCに拠点を移した。

かつて憧れた選手と今や同じ立場に

当時、ケガをしたイワニセビッチがNTCにいた。シャイなチリッチは遠目に見るだけだったが、憧れのスターの方から声をかけてきた。「君は偉大な選手になる力があるよ」

14歳のチリッチの夢は世界トップ100だったから、現実感はなかった。しかし、「今につながる大きなストロークにサーブ。トップ選手になりうるものが見えた」というイワニセビッチが正しかった。アンディ・マリー(英国)らを破り、16歳で全仏ジュニアを優勝。19歳で世界100位入りすると「トップクラスにいく道が見えた」。

昨年もウィンブルドン8強、全米4強、クロアチアでは20年前のイワニセビッチのような存在だ。そして、錦織との対戦が多いからか、「2番目に僕を応援してくれるのが日本。いつも温かくて感謝している」。

(敬称略)

〔日本経済新聞夕刊2月16日掲載〕

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