カナル型の弱点を打ち破る、元ソニー技術者のイヤホン

昨今のイヤホンは、耳の穴の中にイヤーピースを差し込むカナル型(耳栓型)が大半だ。カナル型には、遮音性が高く細かな音が聞き取りやすいというメリットがあり、急速に普及した。一昔前は主流だった、軽い装着感だが音漏れが多いオープン型(開放型)は少なくなり、スマートフォンの付属イヤホンくらいにしか見かけなくなってきている。
一方、カナル型にも大きな弱点がある。「外耳道」という耳の穴をふさいでしまうので、耳穴の中で共振が起きる。そのため「サシスセソ」の声の子音がキンキンするような、ストレスを感じる音になりがちになるのだ。
このカナル型の弱点を克服し、キンキンした音をなくしたイヤホンがある。元ソニーの技術者が立ち上げた、「音茶楽(おちゃらく)」という小さなメーカーの製品だ。一般にはまだ知名度が低いが、新製品が出るとわざわざ来日して購入する海外ユーザーがいるほど、オーディオマニアの間でとても名高い存在なのだ。
ソニーから名技術者が独立
東京・経堂に「音茶楽」という一軒のショップがある。ウィンドーには能登島・案山子窯のかわいらしい招き猫が並べられており、店内の片側には天然木を用いたアクセサリーやインテリアグッズがずらりとそろう。他にも中国茶・紅茶が並べられたエリアがあり、一見しただけではイヤホンメーカーのショップとは思えない。

店主の山岸亮氏は1981年、ソニーに入社。当初からイヤホン、ヘッドホンの開発チームに所属し、N・U・D・Eシリーズの初号機「MDR-E252」でターボ回路を発明。現在プレミアム価格となっている「MDR-E484」などのモデルも開発した。なお、MDR-E484は、今でもオープン型ではトップクラスの音質を誇り、新品同様の品ならオークションで10万円を超える値がつくこともある。
続いてスピーカーの開発チームへと移り、「SRS-N100」「SRS-T1」「SRS-Z1」といったアクティブスピーカーを開発。いずれもクリアかつ繊細で立体感豊かなサウンドで、コンサートホールのように広い音場が気持ちよい。山岸氏が目指す音の世界観が一貫していたことが分かる。
しかし、山岸氏は2009年にソニーを退職する。「配置換えがあったのですが、ずっと現場にいたかった。いちエンジニアでいたかった」という気持ちからだ。そして2010年6月に音茶楽を、まずは茶葉と木製品を扱うショップとしてオープンした。
「会社を辞めて落ち着いた時間がとれたので、イヤホンで何かできないかなと作ってみました」という山岸氏は、次いでカナル型イヤホンのキンキンとした音をなくせるトルネード・イコライザー技術を開発し、特許を取得する。この技術は、中国茶の鳳凰単叢蜜蘭香(ほうおうたんそうみつらんこう)の茶葉から発想を得たそうだ。
「ソニーで働いていた1982年当時にイヤホンの音響回路を開発、特許出願をしたんですね。実は今、他社で作られているオープン型イヤホンも、同じ考えの回路が使われています。イヤホンの定番となる技術を自分で発明できたという経緯があって、トルネード・イコライザーの開発も何とかなるかなと思いました」(山岸氏)。



「どんぐり」そっくりのイヤホン
音茶楽は現在、「Flat4」シリーズと「Donguri」シリーズという2つのイヤホンブランドを出している。
Donguriシリーズは、協力会社であるTTRの茶楽音人(さらうんど)ブランドでも展開しているイヤホン。耳の穴のなかの共振をキャンセルし、カナル型で起こり勝ちなキンキンした音をなくす「トルネード・イコライザー」技術と「アコースティックターボ回路」を用いている。茶楽音人版はプラスチック製のハウジングを使っており、価格も1万円台からと手ごろな製品だ。
このDonguriシリーズのハイエンド製品となるのが「Donguri-欅 Ti Plus」(5万2000円)だ。ケヤキの無垢材から削り出したリアキャビネットと、純チタンから削り出したフロントキャビネットに、液晶ポリマープロテクター&フレーム採用のユニットを用いることで、抜けのいいサウンドを実現している。
リアキャビネットのデザインは確かに「どんぐり」そっくり。特に耳に差し込むとリアキャビネットだけが露出する状態になるので、よりどんぐりらしさが増す。
しかし、サウンドは見かけによらずシャープなキレ味と豊かな響きが両立している。女性ボーカルの伸びやかさには鳥肌を立ててしまうほどだ。他のイヤホンだとダマになって鳴らされるようなサウンドも、音の1つひとつを分離させ、情感たっぷりに鳴らしてくれる。また遮音性も高く、外のノイズが入り込みにくい。さらに先述したように、カナル型イヤホンにありがちなキンキンした音もしない。

頭の大きさに合わせてイヤホンを選ぶ
音茶楽が用いているキンキンした音を解消するテクノロジーはトルネード・イコライザーだけではない。Flat4シリーズで用いている「ツイン・イコライズド・エレメント」というシステムもある。いずれも耳の穴のなかの共振をキャンセルするための技術だ。
Flat4シリーズでは、2つのドライバーを背中合わせでビルドインしている。外側のドライバーの音は外側のパイプを伝わってから耳側のドライバーの音と合わさり、鼓膜に届く。製品上部にある「パイプ」こそが耳の穴の共振をキャンセルできるヒミツなのだ。

ただし、このパイプは、使う人の頭部の大きさ(具体的には外耳道の長さ)によって効果が異なる。そこでヘルメットでいえばS・Mサイズの頭の大きさの人とマッチする「Flat4-玄弐型」(4万5360円、パイプ長28mm)と、Lサイズの人向けの「Flat4-緋弐型」(4万5360円、パイプ長30mm)が用意されている。
このイヤホンは、イヤーピースを耳に差し込む量によっても効果が変わってくる。それだけセンシティブなイヤホンなのだが、ピッタリの位置を見つけたらもう手放せなくなる。なにしろボーカルが眼前に立っているのだから。そう夢想してしまうほどの圧倒的なリアリティーがたまらない。音のシャープさはDonguri-欅 Ti Plusをさらに超えるもので、しかも低域の量感も確保。ロックでもいいし、エレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)ともマッチする。
Flat4は試聴しなければ自分の体とマッチするモデルが選べないという難しさはあるが、それだけにエージング済みの試聴機が用意されている東京・経堂の「音茶楽」ショップの存在は大きい。
なお音茶楽は海外にもファンが多い。ウェブサイトに訪れる人の3割は海外からで、先述したように、少数生産品が入荷するとわざわざ来日する人もいるとか! 訪れたいときはあらかじめ営業日や営業時間を確認しておくといいだろう。
(ライター 武者良太)
[日経トレンディネット 2016年1月14日付の記事を再構成]
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