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日々実践 メンタル向上術 初Vの琴奨菊、「琴バウアー」含むルーティンで壁破る

東海大学体育学部教授 高妻容一

大相撲で日本出身力士として10年ぶりの優勝を果たした大関琴奨菊。その話題はマスコミを大いににぎわし、初優勝の要因も多くのメディアで語られました。新婚の夫人にもらったパワー、新しく始めたフィジカルトレーニング……。そして、実践している一連のルーティンも勝利の原動力として取り上げられていました。

大相撲初場所で日本出身力士として10年ぶりに優勝した琴奨菊

彼のルーティンの一つに「琴バウアー」があります。フィギュアスケートの荒川静香さんがトリノ冬季五輪で金メダルを獲得したときに見せた「イナバウアー」に姿が似ていることから、名付けられたのではないかと想像します。今回はまず、NHK番組「アスリートの魂」でかつて報道された内容を基に、琴奨菊の「琴バウアー」について解説してみたいと思います。

大関昇進逃し「メンタル面が弱い」

この番組は、琴奨菊が大関昇進の懸かった場所で横綱白鵬に勝って9勝2敗となり、番付が下の力士2人に勝てば昇進できるという状況で、これら格下相手に2番続けて負けて昇進が見送られた、というところから始まりました。その時、本人は「大関を意識して2連敗、メンタル面が弱い」というコメントをしていました。

スポーツ心理学やメンタルトレーニング理論からいえば、結果を意識してプレッシャーを感じてしまい、いつもの相撲が取れなかったという解釈になります。メンタルトレーニング指導の専門家としては、結果よりプロセス(過程)を意識してほしいと思います。つまり、結果を出すために何をすればいいのか、というプロセスが大事になります。

その後、スランプに陥った琴奨菊が映し出されました。稽古でもどこかうまくいかない状況で、次の場所に向けてどうしたらメンタル面を強化できるのかと悩んでいました。そこで琴奨菊はテレビディレクターの紹介で、ある大学のスポーツ心理学を背景としたメンタルトレーニングの専門家(スポーツメンタルトレーニング上級指導士の資格取得者)の元を訪れ、メンタルトレーニングを学ぶという内容になっていました。

大学のメンタルトレーニングの研究室に行くと、心理的競技能力診断検査というスポーツ心理テストを受けました。メンタル面の強さ、長所・短所、やるべき強化ポイントの分析・解説を聞き、本人も自分のメンタル面の弱さについて納得していました。

「がんを切って」普段と違う動きに

次に、メンタルトレーニングの専門家が前の場所(15番)を分析したものをテレビの録画を見ながら解説していました。特に、取組前の一連の動作・習慣・手順(ルーティン)を分析したうえで、勝った一番と負けた一番のスポーツ心理学的な理由を説明していました。当時大関だった日馬富士との対戦では、立ち合いで相手に対して「がんを切る・がんをとばす(にらみつける)」という行為に注目。この一番だけに見られた特別な行動を取り上げて、問題点を指摘していました。

その解説によると、相手に「がんを切る・とばす」といういつもと違う行動をすれば、呼吸を乱すことになる。そして、呼吸の乱れが筋肉の動きを微妙におかしくして、普段とは違う動きにしてしまうということでした。例えば、立ち合いの1歩に影響を及ぼすということを説明すると、琴奨菊は「そうです、そうです」とうなずいていました。

このことをスポーツ心理学やメンタルトレーニングの観点から解説すると、頭の中でいらないことを考える(不安・心配・恐怖・邪念・迷い・悩みなどのマイナス思考になる)と呼吸が速くなり、いつもと違う乱れた呼吸になります。すると筋肉や体の動きに微妙な影響を及ぼし、いつもとは違う動き・プレーになってしまうのです。つまり平常心でいられなければ、緊張やプレッシャーという形で呼吸が乱れ、いつもと違う動き・プレーにつながって、ミスや失敗の原因になるのです。

ルーティンは一動作でなく一連の流れ

その後、テレビの中の琴奨菊は、リラクセーションやサイキングアップのプログラム(実技)を体験していました。リラクセーションのプログラムでは(1)パートナーと握手をして互いに褒め合い、頭の中をプラス思考にしてスマイルする(2)上を向いて胸を張る「ヘッズアップ」で気持ちを切り替えてプラス思考になる(3)セルフマッサージで顔から順番に全身を軽くマッサージして皮膚に刺激を与え、筋肉と気持ちのリラックス状態をつくる(4)ここで大きな声を出してあくびをする――ことをやっていました。

取組前に「琴バウアー」をする琴奨菊=共同

実は、これこそが今回メディアで取り上げられている「琴バウアー」であり、気持ちの切り替えと集中力アップのための一連のルーティンなのです。一般には、このようなリラクセーションプログラムの中の一動作のみが取り上げられ、ルーティンだと誤解されている現実もあります。ルーティンとはここで紹介している一連の流れ、1日24時間を活用した流れや手順なのですが……。

そして、さらに(5)呼吸法(6)自分の身体と呼吸に意識を集中するストレッチ(7)漸進的筋弛緩(しかん)法、例えば筋肉を緊張させてからリラックスへもっていくテクニック・プログラム(8)イメージ(9)簡素化した自律訓練法、例えば手が温かいなどの自己暗示・セルフトークをしてリラックス・集中(10)フロアに寝て3分間のメディテーション(11)消去動作(12)イメージトレーニング、サイキングアップ(気持ちをのせていくプログラム)――を実技として体験したのです。

このリラクセーションとサイキングアップが終わると、琴奨菊の晴れ晴れとした表情がテレビ画面いっぱいに広がりました。つきものが落ちたというか、何かを見つけた、これでいけるというような安堵感や自信を回復した様子が伝わってきました。

毎日の努力や練習があってこそ成功

今回話題の「琴バウアー」は、一連のルーティンの中の一つではあります。ただ、これだけが取り上げられ、ルーティンの全てであるかのように報道されていることは問題で、多くの人に誤解を与えるのではないかと心配します。このことは、ラグビー日本代表の五郎丸歩選手のルーティンでも同じことがいえると考えます。

ルーティンは動作一つで効果が発揮されるものではありません。それが使えるようにするために積み重ねる「メンタルトレーニング」に注目してほしいのです。毎日の努力や練習で積み上げてきたからこそ、またルーティンがうまく活用できるようにトレーニングしたからこそ、彼らの成功があるという事実をもっと理解してほしいと思います。

NHKの番組は、琴奨菊がメンタルトレーニングと出合い、メンタル面を強化したことを30分という枠の中で紹介していました。実際は5~6時間かけて、専門家からメンタルトレーニングを受けていたのです。また、知識や理論的なことだけでなく、実技として心理的スキルを学び、それを毎日の稽古や生活の中に取り入れてトレーニングしていたそうです。そのことについては、この連載の中で何度も紹介してきましたので、読者のみなさんには理解していただけていると思います。

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