大坂・紀州 鯨が架け橋(時の回廊)
瑞光寺の雪鯨橋 大阪市東淀川区

2016/2/5 6:02
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奇妙な形の欄干だ。大阪市東淀川区の名刹、瑞光寺の池に架かる橋は橋板こそ見慣れた石造りだが欄干は白く、ひび割れている。実はクジラの骨でできており、その名も「雪鯨橋(せつげいきょう)」。くじら橋とも呼ばれる。

■50年ごとに交換

現在の欄干は6代目。調査捕鯨で調達したクジラの骨が使われている

現在の欄干は6代目。調査捕鯨で調達したクジラの骨が使われている

幅約3メートル、長さ約6メートルの橋の由来は、寺伝によれば260年前の1756年にさかのぼる。紀州を遊歴していた同寺の潭住(たんじゅう)禅師が現在の和歌山県太地町を訪れた際、困窮するクジラ捕りの漁師に頼まれて祈願。霊験現れ豊漁となり、感謝した漁師から寄進されたクジラの骨18本で供養のために橋が作られたという。

当初は橋板も骨製だったが、間もなく切り石を積んだアーチ橋となった。風雨にさらされ劣化する欄干は50年前後の間隔で替えられ、その都度、紀州から骨が届けられたそうだ。

「摂津名所図会」など18世紀後期から19世紀に編さんされた地誌で盛んに紹介され、「世に類なき珍しきながめ」「難波一州の名奇」とたたえられた。

瑞光寺に伝わる菩薩立像。平安中期の作とみられる

瑞光寺に伝わる菩薩立像。平安中期の作とみられる

クジラ漁を生業とした海岸部では各地に供養の塚や塔などがあるが「漁と直接関係ない都市にある点で全国でもまれ。消費地と産地を結ぶ象徴的な存在です」と大阪市教育委員会の鈴木慎一研究副主幹は話す。2009年度に同市有形民俗文化財に指定されている。

「橋ができた背景に、クジラへの関心の高まりがあったのでは」と鈴木さん。17世紀後半、紀州で網を使う新漁法が考案されて捕鯨量が増え、大坂など都市での消費も増加した。雪鯨橋ができた10年後には大坂・法善寺に長さ14メートル弱のクジラが紀州から運ばれ、見せ物になった記録もある。

残念ながら瑞光寺には当時の詳しい資料が残存しない。かつては広大な境内に堂塔が立ち並んでいたが、太平洋戦争下の空襲で伽藍(がらん)は焼亡。助かったのは雪鯨橋と一体の一木造の仏像のみだった。今は本尊の右脇侍に祭られているこの「菩薩(ぼさつ)立像」は平安中期の作とみられ、寺の由緒を物語る。

■児童が踊り奉納

現在の欄干は06年に作り替えた6代目だ。太地町では今は小型の鯨類しか捕っておらず、「橋に必要な中大型のクジラの骨は国内では調達できないのではと思った」と遠山明文住職は振り返る。だが太地町が仲介し、北海道沖や南極海での調査捕鯨で捕れたイワシクジラの下顎骨と肩甲骨、クロミンククジラの脊椎が無事納められた。

今も大阪とクジラの縁は深い。ハリハリ鍋は名物の一つで、文楽人形の部材にはヒゲが欠かせない。同寺にも毎年5月、太地町から児童が修学旅行で訪れ、地元に伝わる「くじら踊り」を奉納している。「豊漁や正月などの祝いの席で披露する、銛(もり)や網で鯨を捕る姿を模した踊りです」(同町教育委員会学校教育係)

遠山住職は「どれも『文化』などと格式張ったものではなく、自然な営み」と説く。「人間は殺生して生き続ける宿命にある。この橋はせめてもの懺悔(ざんげ)です」

文 大阪・文化担当 竹内義治

写真 伊藤航

 《交通》瑞光寺は阪急京都線上新庄駅から徒歩約7分。
 《拝観・見学》雪鯨橋は本堂の前にある「弘済池」に架かっており、基本的に自由に見学できる。東隣にある瑞光寺公園をはじめ周辺一帯には「瑞光」の地名が残っており、かつては寺領が広がっていたことを示している。
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