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「バブル」崩壊か 米スポーツメディアの厳しい行方

スポーツライター 丹羽政善

米国ではテレビを見るのにお金がかかる。もちろん日本も、NHKやWOWOWなどを見るには受信料が発生するが、基本的には無料の国である。米国の場合、テレビを見たければまず、ケーブルテレビに加入しなければならない。テレビ各局もケーブルテレビ会社と契約しており、一般家庭から支払われる受信料は、ケーブルテレビ会社を経由してテレビ局に流れる。このところ合併に次ぐ合併で、ケーブルテレビサービスだけを提供する会社はなくなり、インターネット、固定電話、ホームセキュリティーなどをセットで販売している。そして「まとめて契約してくれれば割引しますよ」と囲い込む。

ケーブルテレビ代、シアトルでは高く

シアトルでは米最大手のケーブルテレビ会社であるコムキャストの1社独占状態。競争相手がいないことから値段も高く、筆者は現在、テレビ、電話、インターネットの3つをまとめて契約しているが、月々の支払いは200ドル(約2万3400円)を超える。契約しているチャンネル数は200以上。インターネットのスピードは下り約毎秒75メガビット(Mbps)。これでもベーシックの1つ上のプランだ。値段そのものは見られるテレビ番組数、インターネットのスピードなどによって変わり、もちろんチャンネル数が多ければ多いほど、そしてインターネットの通信速度が速ければ速いほど、請求書の値段も上がる。

各プランの値段は予告なく変更され、気づくと様々な追加サービス料が加算され、一時期、支払額が月250ドルに跳ね上がったことも。驚いて、もっと安いプランはないかとカスタマーサービスに電話して交渉すると、2年契約を条件に同じプランが50ドル下がった。米国とはこういう国。それを知っていてダメもとで電話したのだが、以前も国際電話を含む長距離電話の会社をA社からB社に変更すると、すぐにA社から「戻ってきてくれませんか」と電話があった。「250ドルのクレジットをさし上げますから」

脱線ついでにいえば、20年ほど前、米国から日本への国際電話は1分間40~43セントだった。今は5~6セント(固定電話同士)なので、価格破壊がすさまじい。帰国するとプリペイドの携帯を使うが、6秒で8.58円ということを考えれば、日本へは米国からかけるときのほうがゆっくり話せる。

さて、一般家庭からケーブルテレビ会社に支払われるテレビの受信料はその後どうなるかだが、各テレビ局に均等に支払われるわけではない。テレビ局にも序列があり、力のあるところほど取り分が多い。以下の数字は、昨年7月に「SNL Kagan」という米リサーチ会社が公表した数字だ。

・テレビ局への分配金(15年7月、1家庭当たり)

(1)ESPN 6.61ドル

(2)TNT 1.65ドル

(3)Disney Channel 1.34ドル

(4)NFL Network 1.31ドル

(5)Fox News 1.12ドル

(6)USA Network 1.00ドル

(7)FS1 0.99ドル

(8)TBS 0.85ドル

(9)ESPN2 0.83ドル

(10)Nickelodeon 0.73ドル

ストリーミングサービス台頭に押され

これを見ると、スポーツ専門の有線局ESPNへの分配金が抜き出ていることが分かり、系列のESPN2もトップ10に入っている。しかも彼らは取りっぱぐれがない。先ほど紹介したように、ケーブルテレビの料金はチャンネル数ごとにそれぞれパッケージがあるが、ESPNはほぼ全パッケージに組み込まれており、スポーツに興味のない人も月々6.61ドルを徴収される。ESPNにはESPN2、ESPN NEWS、ESPN CLASSIC、ESPNUなど様々な系列局があり、すべて合わせれば全く見ない番組に視聴者は毎月10ドル前後を払っている可能性もある。

そもそも米国のケーブルテレビの仕組みは理不尽だ。200チャンネルもあっても、普段見るのはせいぜい10~15チャンネルぐらい。かといって、その10~15チャンネルだけと契約することはできず、その20倍のチャンネル数と契約させられる。納得がいかないが、それが米テレビ業界を支えているという一面がある。

例えば、質の高いプログラムを作っているが、どの番組も視聴率が低いテレビ局があるとする。CMのスポンサーも数えるほど。普通ならつぶれてもおかしくないが、仮にESPN同様に基本パッケージに入っていれば、地味ながら丁寧な番組作りが続けられる。世帯当たりの分配金が30セントとしても8000万世帯が加入していれば、月に2400万ドルの固定収入となる。派手なことをしなければ経営は安定する。

一方で、「どうしてこんなテレビ局にお金を払わなければいけないのか」という声もある。実際にこのところ、そうした不満が高まり、ケーブルテレビ会社との契約を取りやめる人が増えている。その背景には、日本にも進出したネットフリックスやHuluといった、インターネットを経由して映画やテレビ番組を配信するストリーミングサービスの台頭がある。

基本料金が月10ドル前後と安いうえ、オプションを追加するにしても見たい映画、見たい番組だけを選んで契約できる。インターネットサービスも提供するケーブルテレビ会社はこれまでネットのスピードアップに設備投資してきたが、そのため皮肉にも、ネットフリックスなどの映像がより鮮明になり、顧客を手放すことにつながった。いわば、自分たちで自分の首を絞めたといえる。

契約数減り、ESPNも安泰でなく

ケーブルテレビ会社との契約を解除し、ネットフリックスなどへ流れる人が増えたことで、一番の痛手を受けているのはESPNだ。どのパッケージにももれなく入っており、しかも分配金が高いため、加入減の影響をもろに受ける。昨年7月、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルでリポートされた内容によれば、2011年以降、ESPNは720万の加入者を失い、契約数は約9200万世帯になった。最新の数字では9150万世帯という。この半年でさらに50万世帯がESPNを離れたことになる。

15年の減収は、系列も含めた受信料と広告料を合わせて10億ドル程度と見積もられている。同年の総収入見通しは100億8000万ドルとまだ余力がありそうだが、大リーグ、NFL(米プロフットボール)、NBA(米プロバスケットボール)などの各種テレビ放映権料が年間60億ドル程度に上ることも併せ考えれば、このまま加入減が続いた場合、ESPNといえども安泰ではなくなる。

昨年秋、ESPNは約300人を解雇した。加えて、何人かの有名キャスターとの契約更新を見送った。その中には、ESPN創成期のメンバーで、フリーに転身した後、米四大ネットワークの一つ、NBCのキャスターを務め、再びESPNに呼び戻されたキース・オルバーマン氏も含まれる。オルバーマン氏の場合、過激な発言にESPNのトップが手を焼いていたという理由もあるが、彼を切ったことで年間数百万ドルが浮き、さらに彼の番組の制作費(年間1000万ドル)の節約につながったそうだ。他にもNBAのスタジオコメンテーターを務めていたビル・シモンズ氏と再契約せず、年間500万ドルのコストを削減。ドラスチックなリストラが続く。

そのESPNも昨年から、CNN、TNT、TBSなどと組んで、遅ればせながらストリーミングサービスを始めた。月20ドルで23チャンネル。ESPNは見たいけれどその他の番組は見ないのでケーブルテレビを解約した、という人を取り込もうというわけだが、これが定着すれば確実にケーブルテレビ各社は苦境に陥る。おそらく今後、同じようにストリーミングサービスに参入するテレビ局は増えるだろう。すでに映画を専門とするHBOやSHOWTIMEなどは、ストリーミングサービスにシフトしている。

広告収入も今がピークとの見方も

この流れが止まらなければ、ケーブルテレビ会社以上に苦しくなるのが、パッケージの傘に守られてきた小規模テレビ局だろう。地元球団のテレビ放映権を持っている地方局も例外ではなく、長期高額契約を結んでいるところは立ちいかなくなるのではないか。そうなると今度は、プロスポーツを支える屋台骨が揺らぐ。

今後、日本のように広告収入を柱にできるかどうかだが、ESPNの15年の総収入見通しの内訳は、受信料が69億ドルで広告は39億ドルだった。受信料への依存度が高いため、体質の転換には時間がかかるのではないか。そもそも広告収入は今がピークとの見方もある。

スポーツ放映権料もここ5年ほどで劇的に上がったが、例えば大リーグの試合がかつてと比べて面白くなったから上昇したとはいいにくい。背景には、DVR(ケーブルボックスのハードディスクに簡単に録画できる機器)などの普及がある。録画してテレビ番組を見る人が増え、そうなるとCMが早送りされる可能性が高くなる。対策として各クライアントは、生放送で見る確率が極めて高いスポーツプログラムに集中してCMを出すようになった。結果、各種スポーツ番組にお金が流れた、という事情があり、これ以上を望めるかどうか……。高額な広告収入はそもそも加入者数に裏打ちされていたわけだが、それが減少傾向にある今、どうなっていくのか。

米国では視聴者が好みのテレビ局を選び、そこだけと契約する時代になりつつある。そうした状況下で、プロスポーツ、そして中継権を持つテレビ局は、映像を視聴する上での構造の変化に直面している。

「バブルの崩壊か」。一部米メディアはESPNの陰りをそう伝える。それはしかし、米テレビ業界全体にいえることだ。米新聞業界はインターネットの普及を機に再編が加速し、淘汰されたところも少なくない。コロラド州で150年の歴史を誇ったロッキー・マウンテン・ニュース紙さえ消え、1都市1新聞社という街が少なくない。

やがてテレビ各局も、同じような波にのみ込まれるのかもしれない。

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